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第7話
講義が終わり、昇降口に降りようとした階段の途中で、下駄箱の陰に翔太の姿を見つけた。
はっとして足を止めてしまったのは、翔太が居たからだけじゃない。野球部のマネージャーの相田と一緒だったからだ。
相田は頬を赤く染めながら、プレゼントを翔太に渡しているところだった。
翼は思わず座り込み、階段手すりの陰に隠れて、そっと二人の様子を覗き見る。
相田はプレゼントが入っているらしい袋を開けている。中から出てきたのはマフラーだった。
翼は手すりから覗かせていた顔を一度引っ込めて、掌に爪が食い込むほどギュっと手を握りしめた。
二人が何を話しているのかは、分からない。
だけど最後に見たのは、二人で帰っていく後ろ姿。翔太が首に巻いているのは、たった今、相田さんから渡されたマフラーだった。
ショックと言えばショックだけど、その事が却って翔太のことを吹っ切れるきっかけになった気がした。
翔太が遠くに行ってしまって、物理的に会えなくて辛いのは翼じゃなく相田なのだと、自分に言い聞かせると、少し気持ちがラクになれる気がしていた。
一生言うつもりのなかった『好き』という言葉をあの日ぶつけてしまった事は、会うことがなければ、翔太もいつか忘れるだろう。
翼という幼馴染が居たことも、いつか思い出の彼方に消えていくだろう。
境界線を越えてしまった事を、無かった事には出来ないのだから。
翌日の試験も無事に終了し、卒業式の前日に合否が発表された。
『合格おめでとう』
翼が、家族以外に合格したことを伝えたのは、担任と健と瑛吾にだけ。
お祝いのメッセージを送ってきてくれたのも、その三人だけだった。
三月も半ばに差し掛かり、暖かい日が増え、外に出れば春の匂いを感じる頃。
翼の携帯に、登録の無い番号から電話が掛かってきた。
『あーっ、翼くん! 僕』
名前も名乗らずに、突然耳に飛び込んできたのは、聞き覚えのある声だった。
「間違い電話じゃないですか?」
『あーもう冷たいなぁ! 水野やってば』
「なんで俺の番号知ってるわけ?」
そう返せば、大きな溜め息が聞こえてくる。
『理由は、まぁ、また今度説明する! それより知ってる? 翔太、今日東京に行くって』
「……」
知らなかった。知る必要もなかった。
結局卒業式の日も、翼は翔太に会わないように避けていた。
卒業証書授与の時も、翔太のクラスの順番が回ってくると、翼は顔を隠すように俯いて前を見ていなかった。
『ちょっと、聞いてるんか?』
「聞いてるよ」
『あのな、翔太、翼に会いたいって言うてたで』
「お前には関係ないやろ? じゃ、もう切るで」
『あー! 待て待て! 何を拗ねてんのか知らんけど、これだけは言うとくな。翔太の乗る新幹線! 新神戸発13時10分! ちゃんと伝えたで? 後は好きにせぇ』
それだけ言って電話が切れた。
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