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第12話

「…2人とも物好きだよな…」 「誰が物好きなんだ?」 心の声、漏れてたみたいだ。以前は別の用事で来ていた晴翔は、再び地元から用事でこちらに出てきていて、今は居酒屋での飲み会の真っ最中。 こんな短期間に会うのはなかなか珍しい。 「え…っと、尚之さんかな」 咄嗟に従兄の名前を出して誤魔化してみる。 「…あの人の何が物好きなんだ?」 「音楽のこととか。俺にはよくわかんない世界観があるみたいで」 とかなんとか、適当な言葉で誤魔化した。その話題に興味がなかったんだろう、晴翔は「ふうん」とクールに言っただけで会話は終わり。飲み進む内に、最近どうだ、と聞かれた。 最近か、最近といえば、いろいろあったなぁ。 この短期間で伊月さんに太一と心悩ませるできごとばかり。 「……いやぁ…それが、最近結構いろんなことがあってさ…」 話したいけれど、これを晴翔に言っていいんだろうかと躊躇っていると。 「なんだ、なんかあんのか?今日は時間あるから、聞いてやるぞ」 「…ほんとに?ちょっと色恋の話になるけどいい?」 どうぞ、と晴翔。 伊月さんの店に来たことがある晴翔は俺と伊月さんが親しいことは知っている。 「実は、この前伊月さんの店で飲んでたんだけど。そこで知り合った男の子…太一、っていうんだけど。潰れちゃって、俺が送ってったことがあったんだよね」 「なんでお前が送ってった訳?」 「たまたま俺が近所でさ。一緒にいた友達、反対方向だって言うし、いいかなと思って」 「お人好しだな、お前……」 「だって…反対じゃ大変だろ?…俺は次の日休みだったから、いいかな、って。…で…送ってったまでは良かったんだけど」 「……お前…まさか…」 俺の言葉が終わりきる前に聡い友人は顔を顰めた。 そんな顔しないで欲しいなぁ。 「…まだ何も言ってないよ!…けど…、その…いろいろあってさ。惚れられた…わけじゃないと思うけど気に入られたみたいで」 「なんだよ、いろいろって」 「…。…太一、…ちょうど失恋したばっかだったんだよ、彼女にフられて。……んで…話聞いてる内に…寂しくなっちゃったみたいで…泣きつかれて…」 下世話な部分はぼやかしてはいるが、晴翔はどんな風に解釈してるのかなあ。 掘り下げてこないところを見るとある程度の予想はついているのかもしれないけど。 「…話聞いて慰めただけで…。んな気に入られるもん、なのか?」 違うんだよ、晴翔。 太一は男に口説かれてた俺を見て前から興味持ってたらしいんだよ、と頭の中で叫ぶ。 これを今から友達に説明するのか、俺。 「…ええと。……俺達、話したのはその日が初めてだけど、店では何度かお互い認識してたんだよね。…それで…恥ずかしい話なんだけど、太一は俺が同性相手に、その…口説かれ…てるのを見たことがあったらしくて…だな」 晴翔の目線が痛々しい。 「……お前って奴は…」 「そんな複雑そうな顔するなよ!俺が悲しくなる!」 「いつからそんな子に…」 「親か!ちょっと誘われただけ!すぐ断った!」 「冗談だって、ムキになるなよ。…でもよ、口説かれてるとこを見られて、どう気に入られるんだよ?」 「…ええと…俺も不思議なんだけど。…目の前で見てびっくりしたんじゃないかな。で、俺に興味を持った…って言ってた」 「…一目惚れ?」 「いや、それはないと思う。太一、そんなこと言ってなかったし。…興味本意だったのが、俺が慰めてる内に勘違いした…っていうやつだと思う」 「つり橋効果みたいなあれか?…そりゃ、お前が女ならなぁ。前々から気になっていた女性が慰めてくれました、惚れましたってなるわ。……でもなあ…」 「…うーん…」 俺もそれは不思議だ。 「自覚のない一目惚れでもされたか…」 うううん、と頭を抱えて唸る俺。 「…俺はやっぱ違うと思うよ。…男に興味を持ったから、目の前にいる気になる相手で試したくなった…とかさ。若気の至りみたいな?」 ちょっと自虐的な言い方だけど、それが一番しっくりくるのだ。 俺自身に惚れたというよりは、男同士に興味を持ったように感じる。 伊月さんに「急に男に興味を持つのか」って聞いたって言ってたしさ。 太一が俺に一目惚れするなんて突拍子もない話だ。 「…若気の至りねぇ…って、そいついくつだよ」 「24」 「2個しか違わねぇし」 ”俺の事好きになっちゃえばいいのに”と、呟くように言った太一の声が蘇る。 「で?それが最近あったことなのか」 「…まだちょっと続き、ある」 一旦仕切り直し、晴翔の追加のビールが来たところで話は太一が伊月さんに名刺を渡した話へと移る。 「それ、太一はやっぱお前に気があるとしか……。で、伊月さんに名刺貰ったのか」 「…本気じゃないと思うんだけどなぁ…。……一応、貰った、けど…」 「けど?」 「………。伊月さんは伊月さんで、無防備過ぎなんじゃないのかって、…すんごく心配しててさ。………なんだか…自分が悪い事した気分になって……」 「ああ。…分かる、無防備って」 「ええ、晴翔もわかんの?俺ってそんな無防備に見える?」 情けない声を出す俺に、晴翔はうんうん、と頷く。 「良く言えばお人好し、悪い言い方すると隙だらけってやつか。…たまに、お前見てると大丈夫かな、って思う時あるよ」 晴翔は勿論、伊月さんも俺を責めている訳ではないだろうけれど、自分が情けない生き物になったみたいで落ち込んでしまう。 「それは、お前が悪いってことじゃなくてさ。…うまく言えねーけど、…伊月さんが心配してるってことは、少なくともお前のこと気に掛けてるってことなんだから。無防備だって言われたこと自体は気にしなくていいんじゃねぇの?」 晴翔の言いたいこと、わかるような、わからないような。 無防備だってことを責められたんだ、って感じなくていいってことなのかな。 確かに伊月さんだって怒ってないし、呆れてないと言ってたけど。 もう1つ気になるのは「幸せでいて欲しい」というあの一言。 晴翔だったらどう思う?と聞いてしまおうか迷い。でも、やっぱり意見を聞いてみたくて、ぐっとグラスを煽ってから思い切って切り出した。 「…伊月さんがさ…」 晴翔が箸を止めて俺を見る。 「……俺には幸せでいて欲しいって言ったんだ…。……どういう意味なんだろう」 「幸せでいて欲しい、ね…。お前はどう思ったわけ?」 「え。…あー…心配はしてくれてるだろうけど、…誰かと幸せになってね…って意味かなって」 「難しい言葉だよな。下衆の勘繰りかもしれねぇけど、考え方によっては「俺の傍で幸せでいて欲しい」ってのもあるんじゃねぇの?」 「…………」 そんなこと、あるか?いや。 「…そんな遠回しなこと…わざわざ言う?」 「例えば」 「…例えば?」 「お前に気があるから、とか…?」 「…………!」 一気に体が熱くなる。 「な、な、ないないない!」 「声がでけぇよ」 俺も自分でびっくりするくらい大きな声を出してしまい、慌てて口を抑えた。いや、ない、ない、そんな伊月さんが。 動揺しまくりの俺と裏腹に晴翔はどこまでもクールだ。 「あくまでも仮定の話だっつーの。んで?お前は2人の事どう思ってんだよ」 「俺?…俺は…」 こんなに伊月さんのことで動揺しといてなんだけど、正直俺は今、自分の気持ちがわからない。2人の状況と、なんでそんなこと、と考えるのがいっぱいで自分がどうかなんて思いもしなかった。 確かに伊月さんといると居心地が良いし、楽しい。尊敬できる人だし、気になる存在だし、優しくされると期待したくなるのは事実だ。 一方で太一は、まだ会った回数こそ少ないものの、可愛くていい奴で、そしてほっとけない存在。 けれど、そんな2人に対して俺がど思っているか、と聞かれると。 「……わかんない」 そんな答えしか出てこなかった。 晴翔は溜息を零して「罪作りな奴だな」と言った。 本当は「わからない」のではなくて「わかりたくなかった」というのが、俺の本音だったのだろう。期待するのが怖かった。もし、自分の気持ちに気が付いたとして。 それを認めて、壊れてしまうのが怖かった。だから俺は「わからない」と答えたのだろう。 そんな自覚も持てないまま、時は悪戯に過ぎて行き。 初夏から少しずつ夏へと時間が移り行き、気が付けば、暑い、という言葉が聞こえ始めていた。

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