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第4話

最近の伊月さんは俺に優しい。 勿論、俺以外のお客さんにだって優しい。神崎さんは例外としても。 俺の気のせいかもしれないが、やたら心配してくれたり気に掛けてくれている気がして、一瞬自分のことを特別扱いしてくれているんじゃ、と期待を寄せてみたくなる。 そして、その次の瞬間、それはないな、と苦笑するのだ。 今度、伊月さんに今日のお礼を言わなきゃな。 なんて。それを理由にして俺が会いたいだけだけどさ。 次の休みの前日。久々に早く上がれたので、手土産を持ってバーに行こうかと思ったら奥さんが焼き菓子の試作品を持たせてくれた。 是非、あのイケメンさんに、だそうだ。 伊月さん、甘いものはあまり食べないのだが、奥さんが嬉しそうなのでありがたく受け取った。宮田さんに食べてもらおう。 「あれ。早いね」 早速伊月さんに知らせたくて、店に直行したら早く着きすぎてしまった。まだ他のお客さんもいない。 「今日は早く上がらせてもらえたからさ。伊月さん、お土産渡してもいい?」 カウンターに近寄ると、座って、と促された。 「…土産?どっか行ったの?」 「ううん。この前ケーキたくさん買ってくれたじゃん。店の奥さんが伊月さんに、って、試作用の焼き菓子くれたんだ。だからこれは宮田さん。と伊月さんはこっちね」 店で出している珈琲と一緒に手渡す。 「なんだか気遣わせて悪かったな。でも、あの場に奥さんなんていたっけ…?」 「バックヤードから見てたみたいだよ。伊月さんのことカッコイイって言ってた」 「よく言われるよ」 「…嫌味?」 声を立てて笑われてしまった。 「奥さんによろしくね。光栄です、って言っておいてよ。是非いらしてください、って言いたいところだけど…」 「行ってみたい、って言ってたよ。声掛けたらほんとに来てくれそう」 「でも、そしたら一至君が来なくなっちゃいそうだから、言わない」 グラスを拭いていた手を止めて伊月さんが俺を見る。真直ぐ見つめる視線にドキっとして、思わず言葉が止まる。 「…伊月さん、…また、そういうこと言う…」 何もうまい言い返しを思いつかず、ベタベタなリアクションで言い返すと、伊月さんがこっちを見て柔らかく笑っていて。 これはリップサービスの内、と思いながら動揺している俺がいる。 「ほんとの事だよ。一至君が来なくなったら、寂しいだろ?」 こんな風に優しいから、冗談で返せないんだ。 そして、まともに照れてしまう俺に、伊月さんは余裕の笑みを見せるのだった。 その内、徐々にお客さんが入り始めた。ゆっくりしていく人もいるけど、1,2杯飲んで帰ってしまう人もいて。 明日は休みだしどうしようか、と考えていると、俺の隣に1人の男がやってきた。この店で何度か見たことある顔だ。話したことはないけれど。 「隣、座ってイイ?」 金色の髪に赤いピアスという派手めな格好。古着とスニーカーが良く似合う。顔を崩して懐っこい笑みを浮かべた彼は、俺が許可を出す前に隣に座った。 若そうだけど、20代前半くらいかなぁ。 「たまに来てるよね。常連?」 「常連、って程じゃないけど。よく遊びに来てるよ」 青年は太一、と名乗った。犬っころのように懐っこく、良く喋る。名前は?どこから来てるの?仕事は?お酒強いの?などなど。 そんな太一はアパレル業界に勤めている。歳は俺の2つ下で24、と。あんまり変わらなかったな。 まだ学生だと言っても通用しそうだ。俺もだけど。 太一と話に興じている内に、太一の友人が2人やってきてテーブル席へと呼ばれた。 みんなで賑やかに飲むのっていいなぁ、と思いながら太一を見送ろうとしたら、太一が俺の手を掴んだ。 「おいでよ」 「え、でも俺」 「平気平気。俺達、気にしないから」 俺が気にします。 とはいえ、断る理由らしい理由もなくテーブル席で太一の隣に座った。みんなオシャレだなあ、と思っていたら友人だと思っていた二人は太一の同僚だった。 3人が眩しくて俺は少し場違いな気がしてきた。 「一至君って年上なんだね、最初店で見かけた時、下かと思ってたよ」 「よく言われる、それ」 俺達が笑い合っている姿を向かい側で見ていた太一の友人が「俺も年下かと思っちゃったよ」と続けた。更に 「可愛い顔してるって言われない?」とも。 それも良く言われるし、気にしたことはない。 「カッコイイって言われないんだよね、残念ながら」 場の空気が笑いに包まれ、ほっこりする。 「一至君、いつも見かける時1人だけど彼女とかいねーの?」 「今はいないよ」 彼女じゃないけど。 「そっちこそ、アパレル業界の人ってモテそうなのに。今日は男ばっか?」 太一も含め、3人ともカッコイイと思う。 太一が人当たりの良さそうな、可愛い系な雰囲気なのに対し、1人は男らしくてもう1人は綺麗な顔立ちをしている。3者3様といったところか。 このメンバーなら女の子が混ざっていてもおかしくなさそうなのに。 「俺もそう思ってこの業界入った口なんだけど、モテないんだな、これが」 「そうそう。こいつなんて、この前フられたばっか」 と、男前な彼が向かいの席から太一を指さした。 「蒸し返すなよ」 顔を顰める太一だけど、場の空気は和やかだ。失恋かぁ、葵さんのことで先日しんみりしたばかりの俺にとっても心苦しいワードだ。 酒が進むに連れ、恋愛の話をメインに話が進んでいく。俺はあまり自分の実体験は言いにくいものがあるので聞き役に回っていたけれど。 「この業界って両方イケる人多いってマジかな?」という言葉をきっかけに、話題に方向性が変わった。 「俺、実は口説かれたことある」 綺麗な顔した彼がそっと手を挙げ、2人がびっくりする。 俺も確かに業界の人には多いって噂じゃ聞いている。本当なんだろうか。 「お前性格はキツイけど面キレイだもんな」 「何それ。でも、憧れてる先輩とかがいると、100%ナシかって言われると微妙だったりしない?」 「俺は周りがそうでも気にしないけど、自分自身はパスだなあ」 案外話が盛り上がっているようで何よりだ。 最近女の子にフられたという太一は「男ねェ」と真面目な顔をして呟いて。 「一至君は?」と、俺に話を振ってきた。 「俺?特に気にしないけど…」 寧ろ、そっち側ですとは言えないよね。 すると、綺麗な顔の彼が。 「寛容派かぁ。っていうか、口説かれたりしてそう。可愛いもんね」と言った。 そっちの方がよっぽど可愛いと思うけどね。 話は思ったよりも盛り上がり、あっという間に時間が過ぎていく。 途中、太一は疲れでも溜まっていたのか、はたまた飲み過ぎたか。途中で酔い潰れて、そのまま席で眠ってしまっていた。 「飲みすぎたかな。太一、平気?」 軽く揺すってみたが、起きない。 「……ここんとこ無理してたっぽいからなぁ。しょうがねぇ、タクシー乗っけて送り届けるか。方向同じなら一緒に乗ってかない?」 「そっちは?家どこ?」 詳しく聞いてみれば、向かいの2人は太一と反対方向。 そして、俺と太一が同じ方向。しかもご近所さんと判明。 明日も休みだし、送ってってあげるか。 友人は、それは申し訳ないと何度も遠慮していたが、ついでだから大丈夫だよ、と太一を送ることを買って出た。 「じゃ、せめてタク代俺出すよ。後でこいつから徴収すっからさ。そいつ、家の鍵多分ポケットに入ってるはずだから」 いい同僚を持ったね、太一。 2人には先に帰ってもらい、残るは太一となったが、まだまだ起きる気配もない。ただ潰れてるだけみたいだし、とりあえず送り届ければなんとかなるだろう。鍵はポケットの中、と。 「一至君、平気?」 「伊月さん。うん、太一と俺、駅1個しか違わないんだ。明日休みだし、大丈夫」 太一に肩を貸して立たせているのを見たのか、伊月さんが声を掛けてきた。心配そうだ。 「心配性だなぁ、伊月さん」 「いや…まぁ。……うん。気を付けて」 俺はてっきり、送っていくの大変だろ、とか、太一と別れた後の夜道に気を付けろとか、そんな意味だと思っていたのだが、この時、伊月さんは違う心配をしていた。 そして、この時の伊月さんの心配は、現実のものとなったのである。

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