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第6話
ドロドロになった自分のと、太一のが擦れ合う音が室内に響く。電気が消えててほんとに良かった。
「…気持ち、…いい?」
アルコールを摂取すると反応が鈍くなるって言うけれど、久しぶりだったせいか俺も太一も興奮度は高かった。それがいいことなのかはともかく。
「……ん……平気…」
熱に溺れたといえばそれまで。
でも、その一瞬だけはいろんなことを忘れた。
「…でも、…最後までは…」
「……やっぱダメ…?」
合わさる腰からぬるりとした感触。気持ちよくて熱に浮かされそうだ。
「……それは、……だめ…」
熱い息が首筋に掛かり、首筋をべろりと舐められた。
ほんとに犬みたい、だな。
太一の手が中心に触れ、体の動きと合わせて揺れ動くと、いよいよ限界が近い。太一ほど飲んでいないから俺の方が冷静なはずなのに。
抑えきれなくなった声を上げると、太一の手の動きが一層強まって。
「…ぁ…、ッ……」
ココ?と問う手の動きに頷きながら、太一の体にしっかりと腕を回し、シャツを着たままの背中に触れた。
「…一至君……ごめ、……俺…っ」
切羽詰まった太一の声が、限界を知らせる。
「いいよ、イっても…」
「……っ…」
痙攣するような動きと一緒に吐き出されたどろりとした感触にゾクゾクする。それでも、後ちょっと刺激が足らずに吐き出しきれなかった熱を持て余していると、太一の指が後ろに下がり、窄まりに触れた。
「そっちは…ッ、…」
太一が指先を中に押し込むようにぐっと力を籠める。
それは鈍くぬるい刺激だったがその時の俺には十分過ぎて、太一の手の中に思いっきり吐き出してしまった。
「……、…っ…」
倦怠感と熱の残る中「やっぱり、ダメ?」と甘えるような太一の声。
流石にこれ以上は、と太一の縋る視線を心の中で振り切る。
「ダメ。…それは、ちゃんと好きな人が出来たら…」
「…じゃ、一至君のこと…好きになる」
そんな甘ったるい嘘を言わないでくれ。頼むから。
一時の幻想に浸りたくなってしまうから。
それにきっと、太一は今精神的に興奮状態にある。ショックとアルコールと、いろんな感情でそうなっているだけなのだ。だから、これ以上は。
「…太一には…可愛い女の子の方が、似合うよ」
太一は答えない。
「…俺も失恋した時、世界の終わりだと思ったから…」
太一のすすり泣く声と。体重と一緒にに肩の辺りに、じわり、熱いものが触れて。俺は太一が泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けた。
「すす、すいませんでした」
翌朝。ソファに座る俺の前で、三つ指揃えて土下座をする太一の姿。
「……昨日のことは忘れよう!な!」
こんなに謝られると俺の方が申し訳ない気持ちになってしまう。ソファから降りて、頭上げてよ、と言うと太一の申し訳なさそうな顔。
あの後太一は泣きつかれて眠ってしまい、俺が引き摺ってベッドに運んで布団を被せた。そのまま放置するのも心配だし、鍵を置いていくのも心配だったのでソファを拝借し、一晩勝手に泊めて貰ってしまったのだ。
そして、慌てた太一に起こされて、今ココ状態。
「ほんとーにすいません!あの、夢じゃないよね…」
「夢じゃない、ね」
太一をベッドに運ぶ途中痛めた腰、まだ痛むもんな。ついでに言うと、感触とかがっつり覚えてるし。
「だよね。夢だとしたらいやにリアルだもんな…」
「リアルとかいうなよ…ッ」
恥かしいので。
「ご、ごめん。俺、…昨日は、ほんと…いろいろぐちゃぐちゃしてて。ごめんなさい。家まで送って貰っちゃって…」
また頭を下げる太一。
「も、もう謝らなくていいから。…最後までした訳じゃないし、ちょっとじゃれ合いっていうか。あ、因みに記憶の方は…?」
「…途中までは……。俺、やっぱ最後まではしてないんだね…」
「うん。それは俺、ちゃんと覚えてるから」
どこまで覚えているんだろう?できたら、俺を好きになる、と言ったところは忘れて欲しいな。
「良かったような…惜しいような…」
「惜しくない!」
「ご、ごめんなさい、調子乗りました。…はぁ…俺、ちょうかっこわるい…」
へたり、と床に崩れ落ちる太一。
「昨日は酔ってたし…さ?…一緒にいた友達に最近無理してたみたいだ、って聞いたよ。疲れてたんだろ、きっと」
顔を上げた太一は頭が痛むのかこめかみの辺りを押さえて苦い顔をし、溜息を洩らす。
「…それに、恥かしいとこなら俺だって見られてるし」
「え!昨日の事だったら暗くて全然見てないし覚えてない!」
「そっちじゃなくて、店で口説かれてた方!見なくていいから!」
あ、そっちかぁ。と照れたように笑う太一。体のことは覚えてたら忘れて欲しい。
「…だからさ?昨日のあの出来事は、酔ったうえでのアヤマチ、っていうか、…お互い何かに溺れたかった、ってことでさ。……とりあえず…俺、そろそろ帰ってもいいかな…?」
「アヤマチ…って、え!いや、お茶くらい飲んでっても!」
「ありがたいけど、それはまた今度にするよ」
風呂を借りるのも申訳なかったので、昨日のままなのだ。家に帰ってシャワーを浴びたい。それじゃ、と立ち上がると、ちょっと待って。と呼び止められた。
「また、店に行ったら会える?」
「うん、また話しようよ。あ、でも、こういうのはナシでね」
「……一至君、…やっぱ怒ってる?」
また縋る様な目で見られる。太一、天然か。
うっかり構いたくなってしまうし、懐かれると嬉しくなって応えたくなる自分がいる。
でも、そんな事をすると今度は俺が甘えてしまいそうだ。それに、何より太一はノーマルなのだ。こっちの世界に来なくていいならその方がいいと思う。
「怒ってない。……俺だって、いいよ、って言ったから。そこは半分こ。…太一、失恋の話してたろ?…俺も……昔のこと思い出して寂しくなってたから。…だから、お互い様」
「……うん」
「でもな…興味本位なら、止めといた方がいいって俺は思ってる。…お互い、辛くなるだけだから」
太一は複雑そうな顔をした。俺の言わんとしていること、伝わっているだろうか。
「…ゆっくり時間かけてさ。…次の相手、探そうよ。…その時、それでも太一の好きになった人が男だったら。……その時はその時だよ」
「……それが一至君かもしれないじゃん」
苦笑する俺に太一はまだ食い下がる。
きっと、太一には時間が必要だ。
昔、俺が好きなのか女の子が好きなのか分からなくなった先輩の様に。きっと太一も俺の事を忘れてカワイイ彼女が出来ることだろう。
「あぁ…そうだ。…俺がこういう性癖持ってるって昨日の友達には内緒にしててくれる?偏見はなさそうだったけど…変に言いふらすものでもないし」
「それは勿論言わない!」
即答する太一の真直ぐな姿勢が眩しくもあり、嬉しくもあった。
「それじゃ、俺、帰るね」
寂しそうにしょんぼりする姿が置いて行かれ犬のよう。ああ、帰りがたい。
「…また、店行くから」
「うん。また飲もうよ」
「…今度は俺、奢るから」
他愛のない話。
「じゃ、一杯だけ奢ってもらおっかな」
ふっとお互いから漏れる笑い。
けれど。
「でも、今日のことは忘れるようにな」
自分に言い聞かせるように、言う。
黙った太一を置いて、靴を履ていると後ろから抱き着かれた。
三和土に降りた俺と、上がり框の上の太一。
「………俺!……今日のこと、忘れない。…忘れろつっても忘れない!」
「…俺は、そんな風に言って貰えるような奴じゃ、ないんだよ、太一…」
俺が歩き出すと、するりと落ちる太一の腕。
振り向かないままドアに手を掛けて、家を出た。
「俺、また絶対会いに行くから!」という声が後ろから聞こえて、泣きそうになった。
家に帰って体を洗い流しながら、とてつもない虚しさに襲われた。
太一じゃないけど、どうすればいい?と聞きたい気分だ。
真直ぐな太一。
あんな風に気持ちをぶつけられて、嬉しいと思っている俺がいて。
嬉しいと感じてしまう自分が悪い奴に思えてくる。
その瞬間、ふっと葵さんではなく伊月さんの笑顔が浮かんで、更に苦しくなった。
太一、ちゃんと断らなくて、ごめん。
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