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【香】第23話

何の話だ―――と、詰め寄る永岡を適当に誤魔化し、お食事処『いろ葉』に押し込んだ。 豚カツが目の前に運ばれれば、江崎の事はすっかり忘れてしまったらしく、永岡は相変わらずの食欲だ。 「おばちゃん、味噌汁とごはん、おかわりお願い!」 「はいはい。」 永岡が無邪気な声を上げると、初老の女店主が母親のように答えた。目尻に皺を作りニコニコしながら、味噌汁とごはんを運んでくる。 この店は、味噌汁と白ごはんのおかわりが自由にできるのだが、さすがに三杯目となれば申し訳なく思う。 「いつもすみません。」 何故か成が頭を下げ、暴食中の本人は嬉しそうに味噌汁へ手を延ばした。 「永岡くん、本当によく食べるね。」 「柳は食べなさ過ぎだ。肉食わねえと、デカクなれねえぞ。」 そう言う永岡は、肉以上に白ごはんと味噌汁を食べている。 「そのセリフ、誰かにも言われた気がするなぁ。」 「先生?」 「―――里弓兄。焼肉、食べろって。」 里弓の名前に、永岡が忙しなく動かしていた箸をピタリと止めた。心配そうに眉を寄せ聞いてくる。 「里弓さん、どうしたんだ?」 「あ~、うん。」 どうしたんだ―――とは、先日のドタキャンの事だろう。 あの過ちの日の翌日、里弓はネットテレビ番組で将棋の解説をする予定だった。気を失って起きない成をひとりにしておけず、里弓は仕事に行かなかった。 「僕のせい。僕が倒れたからなんだ。ずっと看病してくれてた。」 解説のピンチヒッターを知り合いの棋士に頼み、番組は無事に問題なく終わったのだが、ドタキャンを快く思われる筈もない。ちょっとした噂になっているのだ。 分からない里弓ではないだろうに―――と、苛立つ。それ以上に、足手まといになった自分が悔しくて仕方ない。 「置いて行って良かったのに。」 「ん~。それでも、―――色々言われるの分かってても、里弓さんは置いて行けなかったんだろ。そんだけ、柳が大事だって事。」 永岡が箸を向けながら、得意そうに言う。 違う―――と、反射的に口を開きかけたが、成は何も言わず曖昧に笑みだけを返した。

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