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【香】第26話
毎日、抑制剤を服用するようになった。
発情期のサイクルは一般的に二、三ヶ月というが、実際は人によってまちまちであるし、特に体ができていない成長期は安定しにくいものらしい。
あまり体に良くないと分かっていても、明日にでも発情期が来るのではないかと思えば、抑制剤なしで生活するのは恐怖だ。
―――にしても、
「怠い。怠すぎる。」
抑制剤を服用すること四日目にして、成はひどい副作用に悩まされていた。
発情期を向かえたばかりなので、病院からはかなり軽い抑制剤を処方されている。それなのに、この倦怠感。
手足は重石でも付いてるように重く、頭はちっとも働かず、何もしていないのに疲れる。出来ることなら、一日中、布団の中で横になっていたい。
「みんな、こんなのずっと耐えてるの?有り得ない。忍耐強すぎる。」
あまりの不調に、亀並みのスピードで歩きつつ、アスファルトに向かってブツブツと独り言を呟いてしまう。
完全に不審者だ。
自覚はある―――が、独り言を止められない。日中、我慢した反動だろう。
「明日、休もうかな。いや、でもな―――」
ププッ―――という、聞き覚えのあるクラクションの音に、成の独り言は遮られた。顔を上げると、黒いランクルが前方にあり驚く。
里弓の車だ。
「えっ、里弓兄。」
成がマジマジと見つめると、運転席の里弓の顔が不機嫌そうになり、早く乗るように指で指示をしてきた。慌てて助手席側に回り、ドアを開ける。
里弓と顔を合わせるのは、テスト補習の迎えの時以来だ。
「わざわざ迎えに?」
助手席に乗りながら、成が半信半疑で尋ねると、里弓にギロッと睨まれた。質問しただけで睨まれるのは理不尽だと思う。
「不調だと親父に聞いた。薬の副作用なんだろう?」
「あ、うん。まだ慣れなくて。」
里弓へ頷きながら、納得した。
すっかり過保護になった伯父の事だ。将棋会館などで里弓に会い、成を迎えに行ってやれ―――とでも言ったのだろう。
里弓には面倒をかけたが、正直かなり有り難い。
「忙しいのに、ありがとう。」
「別に。ついでだ。」
成の心からの礼に対して、里弓がぶっきらぼうに答えた。
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