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【香】第27話

ランクルが到着したのは河埜家ではなく、焼肉屋だった。何のついでかと思ったが、成に肉を食べさせる事が目的だったらしい。 お品書きを見もせず『贅沢コース』なるものを里弓が注文し、今、ふたりの目の前のテーブルには高そうな肉たちが並んでいる。 「さあ、肉を焼け。そして、食え。」 里弓が偉そうに言うと、キレイに盛付けられた肉の乗った皿を成へと押し付けてきた。 「お野菜がいいんだけど。」 「野菜は後にしろ。肉が入らなくなるだろ。」 余程、肉を食べさせたいらしい。 こうなった里弓に逆らえるとは元より思っていなかったので、成は早々に観念してトングを手にした。 「どれから焼くの?」 「何でもいい。おまえ、タン塩とか好きだろう。」 「じゃあ、タンとカルビから。」 分厚いタンと上カルビを各々二枚ずつ網の上に並べると、途端に美味しそうな香りが上がった。 ちなみに、カルビは里弓の好物だ。 「すぐに焼けるぞ。」 網の上で色を変える肉を見下ろしながら、里弓が満足そうに頷く。どうやら機嫌は良いようだ。 大丈夫そうだな―――と、成は焼けたタンとカルビを取りながら、話を切り出した。 「今日、どうだった?」 「あ?―――ああ、順位戦の対局な。かなり面白い将棋だった。」 里弓が嬉しそうに目の奥を輝かせる。 今、名人戦の予選である順位戦が行われているのだ。今日の相手は確か、江崎だった筈。 「あの人の将棋はいつも不思議なんだよな。あまり掴み所がない。」 優しい顔で江崎の話をする里弓を見て、じわりと焦りが生まれる。 いや、焦りだけではない。 里弓を取られまいと思う独占欲のような気持ちが沸き上がる。その気持ちは家族に対するものより、ずっと粘着質なものだった。 なんで―――と思い、混乱する。 「攻めても手応えがないというか。スルスル逃げられる。まあ、あの人自身が掴み所がないから。」 「ふぅん、江崎さんと仲良いんだ。」 成の気持ちなど知りもしない里弓が嬉々と江崎の話をするので、思わず拗ねたような口調になった。そんな成に、里弓が不思議そうな顔をする。 「悪くはないな。付き合いも長い。ほら、食おう。」 「うん。頂きます。」 「ああ、そうだ。今度、江崎さんを家へ連れて来よう。いつが空いてる?」 里弓からいきなり爆弾を落とされ、分厚いタンが喉に詰まる。目を回しながら咀嚼して、成は身を乗り出した。 「なっ、んで?連れてくるとか。」 「俺じゃ分からないから、あの人に相談すればいいと思って。オメガのプロ棋士の事。」 ―――相談?あの人に? 唖然となった。 里弓からすれば親切心からなのだろう。江崎と成の微妙な確執を知らないから仕方ないのかもしれないが、冗談ではない。 江崎に相談など出来るわけないし、彼からアドバイスなどされたくもない。 「バカ里弓。」 ボソッと呟いた瞬間、成の顔面におしぼりが飛んできた。

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