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【車】第30話
河埜新士(かわのじんじ)の朝は早い。
昔は宵っ張りだった筈なのだが、十年ほど前から加齢と共に真逆になってしまった。
歳を取ったもんだ―――と、毎日思う。
顔を洗いに洗面所へ行くと、甥っ子の柳小路成(やなぎこうじなる)が先に起きていた。
「おはよう。今日はえらく早いな。」
「あっ、伯父さん。」
成が慌てて、その場から一歩後ろへ飛び退く。
何を驚いているのか分からないが、脇にある洗濯機を見れば、ガゴガゴ―――と、音を立てて回転していた。
「もう、やってくれたのか。」
「あ、うん。ごめん。」
「何を謝ってるんだ。大丈夫か?様子がおかしいぞ。」
「大丈夫!大丈夫!僕、ごはん、作ってくるから。」
パタパタと軽い足音をさせて、成が駆けていく。
「変な奴だ。」
新士は笑いながら洗面台に向かい、遅れて気が付いた。
「ああ、そうか。」
今日の放課後、中学校で面談がある。成の体がオメガになってしまった事について。
もしかすると、緊張しているのかもしれない。大事な将棋の大会でも飄々としているから、成はあまり緊張しない性格なのかと思っていた。
ここはひとつ、頼りになる所を見せてやらねばなるまい。
新士が身支度を整えてキッチンへ行くと、味噌汁の良い香りが広がっていた。
「旨そうだ。」
「春菊とエノキと豆腐。おかずはどうする?」
成に聞かれて、冷蔵庫の中身を思い浮かべる。確か、貰い物の竹輪があった。
「竹輪でも焼くか。」
「あ、じゃあ、チーズ入れてね。」
成がにこにこしながら言う。
毎朝、牛乳をガブガブ飲む上に、今日はチーズまで食べる気らしい。乳製品の摂りすぎではなかろうか。頑張っている割りには、身長が伸びる様子はない。
新士は忍び笑いをしながら、竹輪とチーズを冷蔵庫から取り出した。
「ああ、そうだ。忘れていた。来週、大阪だ。」
「大阪、珍しい。来週のいつから?」
「木曜から三泊で、日曜の夕方に帰宅の予定。」
「あれ、いつもより短いね。」
竹輪にチーズを詰め込み、丸い穴をコーンで塞ぐとトースターに並べた。
「いない間、遠慮なく里弓を頼れ。」
「はぁい。」
成が食器を準備しながら、不服そうな顔で返事をする。里弓と成の関係も中々に複雑だ。
可愛い息子と可愛い甥っ子。
どちらも同じように愛しているが、幼い成の方が気がかりだ。
この子が未来へ向かって真っ直ぐ進んで行けるように、新士はいつもいつも願っている。
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