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【車】第33話
今から、ほんの少し前。
河埜里弓(かわのりく)は薄い唇を受け止めながらも、目の前の相手を見てはいなかった。
―――今日は気分が乗らない。
しがみついてくる腕、重なる体温、漂う香り、あちこちに違和感を感じる。
それは、もっと幼く華奢で―――と、考えたところで、従弟の柳小路成(やなぎこうじなる)が顔が浮かび、更に冷めた。
ずっと思い出さないように厳重に封印していたのに、何故こんな時に解かれてしまうのか。
「河埜くん?」
唇を合わせていた相手―――江崎晴目(えざきはるま)が、怪訝な顔で覗き込んできた。動かない里弓を不審に思ってだろう。
こんな美人を前に気が乗らないなど、何て失礼な奴だ。今さら断る事が大変失礼であると分かっているが、おざなりに抱くような真似を里弓はできそうにない。
「江崎さん。」
「いいよ。ヒートでもないしね。今日は解放してあげる。」
察した江崎があっさりと体を離した。斜め前のソファに座り直すと、里弓へ微笑しながら首を傾げる。
「何か、悩み事?珍しい。」
「いや。恐らく、疲れとか。」
「ふぅん。まあ、いいや。―――ところで、考えてくれたかな?」
何の話かというと、恋人にならないか―――と江崎から言われているのだ。一度は断っている筈なのだが、江崎には諦める気がないらしい。
里弓が目をさ迷わせると、江崎からため息が返ってきた。
「まだ付き合ってくれる気にならない?あんな事やこんな事もしてるのにね。」
クスクスと江崎が楽しげに笑う。
里弓と江崎の肉体関係は、随分と前からだ。
何となくズルズルと続いていたのだが、急に付き合いたいと言い出したからには、いい加減な関係を清算したい筈で―――。
「こういう関係が嫌なら、もう、」
「違う違う。嫌な訳じゃないよ。もっと適当に考えてくれていいのに。」
江崎が意味の分からない事を言う。適当な関係だったら、セフレ状態の方が絶対に良い。
「真剣に考えるだろ。江崎さんが望んでるのは番になる事だよな?」
「直球だね。誤魔化してもバレバレだろうから言うけど、最終的には河埜くんと番になれたらと思ってる。」
真面目な顔をして言う江崎に、頭が痛む。
―――訳がわからない。
気持ちは適当でいいのに、番にはなりたいらしい。江崎の事が全く理解ができない。いつもながら何を考えているのか。
里弓にとって、『番』は重い。
オメガの人生を丸ごと引き受ける覚悟がなければなれるものではないと思っている。
適当になど付き合えはしないし、やはり気持ちがなければ無理な話だ。
「好きでもないのにな。」
「好きだよ。とっても。」
皮肉を込めて言ったのだが、にこりと笑って江崎にかわされた。
「信じてない顔してる。」
「そんな飄々と言われても、信じる訳がない。」
「ひどいなぁ。本心なのに。」
酷い酷い―――と、江崎が愉快そうに言う。
その後、成からのメッセージが入り、里弓はその部屋を後にしたのだった。
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