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【車】第32話

結局、担任の古山は里弓からサインを貰い、写真を撮り、握手をして、泣き出さんばかりに感激してランクルを見送った。 いつもはファンに対してクールな里弓だが、今夜はかなりサービスが良い。どうしてこんなに機嫌が良いのか。 むむっ――――と、成の眉間にシワが寄る。 忙しい中、迎えに来てくれたのは助かった。それが大変有りがたい事だと分かっていても、素直に感謝しきれない。 「親父はどうした?」 「大阪で仕事。」 「ああ、大阪。薬の副作用は落ち着いたのか?」 「慣れたよ。」 機嫌の良さそうな里弓へ、成は言葉少なに答えた。どうしてもツンケンした言い方になってしまう。 ―――だって、むかつく。 他のオメガの香りがするのだ。 正確にいうと、ライバル(らしき)の江崎晴目のフェロモンの香り。里弓の体に我が物顔で纏いつくそれに、成の肌がビリビリと反発する。 とても不快だ。 成の不機嫌さに気付いたようで、里弓が運転しながらチラリとこちらを見る。 「おい、何だよ。」 「何が。」 惚けて返す成に、里弓が呆れた顔で言う。  「何が、じゃねえ。何でいきなりキレてんだよ。不細工な顔して。」 「ブザイクで悪かったね。元からこんな顔です。」 「おまえ、面倒臭い奴だな。」 さっさと言え―――と、里弓に促され、成はやっと口を開いた。 「今日、江崎さんと会った?」 「あ?―――ああ、会った。さっきまで一緒にいた。良く分かったな。」 里弓の返答に気持ちが沈む。分かっていても、本人から事実と告げられるのは堪えた。 これほど香りが付いているのだ。一緒に食事をしただけではないのだろう。 目の前の信号が赤になり、ランクルが停止すると同時に、成の口から勝手に言葉が飛び出した。 「里弓兄―――江崎さんと、何を、」 「は?」 「いや、あの、江崎さんと付き合ったりするのかなぁ、と。」 直球で尋ねようとしてしまい、成は慌てて言い直した。それでも不自然な問いかけだったようで、里弓が不思議そうに首を傾げる。 「急にどうした?おまえに関係ねぇよな?俺が誰と付き合おうが。」 「関係は、」 「ないだろ。」 存外に強い口調で遮られた。 信号が青に変わり、成から目を反らすと、里弓が再びランクルを走らせる。釘を刺されたように感じて、それ以上問う勇気が出ない。 街灯に照らされた里弓の端整な横顔に、ズキズキと鈍く胸が痛んだ。

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