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【角】第37話

テレビの中で、従兄の河埜里弓(かわのりく)がマイクに向かって淡々と話している姿を、柳小路成(やなぎこうじなる)は将棋会館の談話室で観ていた。 たった今、里弓がタイトルのひとつをもぎ取った所だ。 成がぼんやりとテレビを見上げていると、パシパシと永岡竜馬(ながおかりょうま)に背中を叩かれた。 「なぁなぁ、里弓さんさ。これで八段に上がるよな?」 「たぶん、そうだと思う。」 今回のタイトルを取り、次の名人戦に加わるという事は、恐らく里弓は昇段する筈だ。 二十二歳の若さで八段になる。 前例がない程ではないが、その昇段のスピードが尋常じゃない事は確かだ。 「すげえな。とうとう八段。十五でプロ入りしてから、七年か。たった七年で八段とか。」 スゴいスゴい―――と、永岡が里弓を称賛する。 しかし、里弓本人は未だあまり段位に興味はないらしい。羨めば良いのか、妬めば良いのか、呆れれば良いのか。 「昔みたいに、里弓さんとやれないよなぁ。」 「里弓兄、教室に顔出さなくなったもんね。永岡なら、相手してくれると思う。」 伯父の将棋教室で、かつての里弓はよく小学生の相手をしていた。教室の生徒である永岡もその中の一人だ。 里弓が大学生になり独り暮らしを始めてからは、教室に来る事はなくなったが、永岡が頼めばいくらでもしてやるだろう。 昔と違って、かなり意地悪だけど。 「いや、でもやっぱりちゃんとプロになってから里弓さんと戦いたい。うん、よし。俺も頑張るぞ。」  永岡が目を輝かせながら、力強く言う。 その何の迷いもない姿が羨ましい。 ―――僕はプロになれるのかな。 このオメガの体でプロ棋士を目指す。 その覚悟すらもまだできていないのに、里弓がまた一歩先行った。 今までずっとずっと足掻いてきたけれど、二人の進む道の開いた距離に、もう追い付ける気が全くしない。 諦めるのか―――と、じっと自分の手のひらを見下ろす。もちろん答えが書いてある筈もない。 ただの自分の手のひらだ。 ―――何故だろう。 あの時、簡単に踏み出した足を、今は一歩も前に出せないでいる。 当たり前に追いかけてきた背中は遥かに遠く、どうしても縋る気力が湧いてこなかった。

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