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【角】第38話

二度目のヒートがきた。 前回と違いは意識があるとはいえ、タイミングは最悪だ。 今、何処にいるかというと、将棋会館の個室トイレの中だった。急に体に異変を感じ逃げ込んだはいいが、それきり動けなくなっている。 「ど、しよう。」 はぁ―――と、小さく漏れる息さえ熱い。 助けを乞うべき伯父は大阪へ行っており、頼れる人間は里弓しかいない。前回といい今回といい、伯父のいない時と重なってしまっている。 本当にタイミングが悪い。 ―――里弓兄に、いや、でも。 抑制剤は今朝も飲んできた。オメガのフェロモンは抑えられているだろうから、アルファを狂わせる心配はない。 しかし、だ。 アルファである里弓と相対して、成の方が求めない自信は全くない。それより、自分で出してしまえば、身動きできるようになるのではないか。 そう考えて、下肢へ手を伸ばそうとした時、コンコン―――と、ドアをノックされた。 「―――はっ、ぃ。」 つい反射的に答えてしまい、慌てて口を閉じたが間に合わず、ドアの向こうから当然のように名を呼ばれる。 「中にいるの、柳小路くんだよね?」 「え―――、江崎さん?」 「そう、江崎。あ、河埜くん。うん、いたよ。四階のトイレ。」 そこにいるのは間違いなく江崎晴目(えざきはるま)で、どうやら電話で里弓と話しているようだ。 結局、里弓を呼ぶ事となってしまった。 「ねえ、柳小路くん、薬は飲んでるんだよね?」 「飲、んでます。」 「おかしいなぁ。飲んだなら、こんなに匂わない筈なのに。」 「え―――、におい?」 「フェロモン。」 バタバタ―――と、こちらへ走ってくる音が響き、そのままトイレの中へ駆け込んできた。足音の主は里弓だろう。 「成が面倒かけた。」 「いいよ。早く連れてってあげて。」 「悪いな。」 ドンッとトイレのドアを外から乱暴に叩かれ、古びた蝶番が揺れる。 「こら、成。帰るぞ。」 「でも、ぼく、」 「ウダウダ言ってねぇで、さっさと開けろ。五秒でドア、蹴破る。五、四、三―――」 「あ、あける、からっ。」 成が震える指で鍵を開けると、里弓が手前に、奥には江崎がいた。 「仕方がねぇ奴だな。」 里弓に面倒そうに吐き捨てられたが、口調とはまるとで違う優しい手に、成はふわりと抱き上げられた。

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