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【行】第47話 九歳になる少し前の話〈後〉
明後日の金曜日、成は伯父と二人きりで客間にいた。母も弟もおらず、静まり返った部屋で将棋の駒の音だけが響く。
伯父と向かい合い、二人で将棋を指しているのだ。
―――あ、また。
あっさりと『歩』を取られ、成の手持ちの駒がまた一つ盤上から消えた。
伯父は銀を一つと金を一つの二駒だけで指している。そのたった二つの駒が、全力で固めた筈の成の陣地へ、易々と攻め入ってくるのだ。
こっちを守ったらあっちを取られ、頭をフル回転させても全然追い付かない。
くぅ―――と、成が唸ると、伯父が笑い声を溢した。
「ははっ、成くんは、将棋が好きだな。」
急に始まった会話に顔を上げると、嬉しそうに笑う伯父がいた。
「君のお父さんから聞いたんだが、随分と熱中しているとか。」
「あ、はい。」
成は戸惑いながら頷く。
将棋をしている事を父が知ってるとは思わなかった。母が話したのだろうか。
「いつか、プロになりたいと思っていたりするかい?」
カッ―――と、羞恥に顔が赤くなった。
図星だ。
棋士になりたい。
そう思っている。
あの日、里弓から将棋を教えてもらって半年。少しずつ夢に抱くようになっていた。決して叶いはしない夢なのは分かっている。
父も母も、祖父母もきっと許さない。
だけど、思うだけなら―――と、心に隠して大事にしてきた。それを伯父に容易く見抜かれ、成は恥ずかしさで身を縮ませた。
「成くんも分かっていると思うが、柳小路家では棋士という夢を追うのは、難しいと思う。」
「―――はい。」
成は返事をしながらうつ向いた。
急に伯父がやって来た目的が分かった気がする。将棋の厳しさを諭し、成に諦めさせようとして、両親が伯父を呼んだのかもしれない。
わざわざそんな事をしなくても、叶わない夢だと分かっているのに。
さっきまで指していた将棋がまるで蜃気楼のようだ。
―――思うだけでも、ダメなの?お父さん、お母さん。
木っ端微塵に砕かれたら、明日から何を思っていけば―――。
うつ向いたたま泣きそうな成の頭に、伯父が静かに手を乗せる。暖かい手だ。
「もしも、本気でプロになりたいと思っているならだが。どうだろう?うちへ来てみないか?」
「え―――?」
思っていた事と真逆の言葉が降ってきて、成はポカンと伯父の顔を見上げた。
「やる気があるなら、伯父さんの家に住んで、プロ棋士を目指してみないかい?伯父さんなら、成くんに道を用意してやれる。」
伯父が力強い言葉を放ち、駒を一つ進めた。成の王様にもう逃げ場はない。
―――参りました。
成が泣きそうになって頭を下げると、伯父の大きな手で頭を撫でられた。伯父は大きくて暖かくて、まるでお日様みたいな人だと思う。
こうして、成は家を離れて、今日まで将棋を指して生きてきた。
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