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【行】第48話
成が柳小路の家を出た時、弟の功はまだ四歳だった。
あんなに小さかった功が、今や成と変わらないほどの身長にまで成長している。大そう屈辱的ではあるけれど、端から見れば二人は同級生に見えるかもしれない。
人のあまりいない校庭の一角に移動し、成が立ち止まると功が前置きもなく口を開いた。
「兄さんさ。オメガなんでしょ?」
「何を、言って―――」
ひたと見つめてくる黒い瞳に気圧され、成は言葉に詰まった。そうだろうとは思っていたが、やはり久しぶりの再会を懐かしむような雰囲気ではないらしい。
「家にこれが届いてた。」
功が一枚の紙を差し出してくる。得体の知れない忌まわしい物に見えて、受け取るのを少し躊躇したが、成は受け取った。
二つに折り畳まれた紙を開く。
―――オメガ通知。
その紙は役所から親へ宛てられたもので、成がオメガ性であると簡潔に記されていた。
実家へ報告していなかったし、わざわざ書類が送られてくるとは思わなかった。いずれは知られると考えていたが、こんなに早いとは。
「母さんは、」
「母さんも知ってる。父さんはまだ知らないかも。あの人、いつも家にいないから。」
功が投げやりに言う。
成が共に住んでいた時も父は家にいなかった。どうやら、今も仕事人間のようだ。
「俺を捨てて行った兄さんが、まさかオメガになるなんて。びっくりしたよ。」
皮肉げに笑う功の顔を、成はまじまじと見つめた。居なくなった出来の悪い兄の存在など、すっかり忘れている事だろうと思っていた。歓迎される事はあっても、こんな風に恨まれるとは。
「そんな、捨ててなんか、」
「六年間、一度も帰って来なかったじゃないか。あの家に母さんと二人きり。頭がおかしくなりそうだよ。」
功が忌々しげに睨んでくる。
そう言われても、成の知る母は全ての愛情を、幼い弟の功へ向けていた。溺愛していた。
母の愛が重荷だったのかもしれないが、成からすれば、贅沢な事にしか思えない。
「でも、母さんは功をとても大切にしていただろ。」
成がモゴモゴと言うと、ふんっ―――と、功に鼻で笑われる。
「別に、俺が大切な訳じゃない。『優秀』なアルファだから大事にしてるだけ。」
功のひどく冷たい言い方に、母との関係の歪さを知る。兄として、初めて罪悪感を抱いた。
―――でも、仕方がなかったんだ。
あの時の成は、柳小路の家から、母から逃げるしか生きる道がなかったのだから。
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