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【行】第51話

親父ときちんと話せよ―――という、里弓の言葉に促され、成は頭を下げながら伯父へ敗戦の報告をした。 「残念だったな。成。」 「ごめんなさい。」 「俺に謝る事じゃないぞ。」 成が立ったまま話していると、伯父が隣の席をポンポンと叩く。座るように促され、成もソファに腰を下ろした。 「成、あのな。気落ちしてるだろうが、焦る事はない。まだ中学生だ。ずっと里弓を見てきたおまえだから、目標をそこに置いたのは分かる。―――だが、あれは別格だ。里弓を真似ようとしたら、こちらが潰れてしまう。成は成のペースで頑張ればいい。」 九歳の時からずっと、里弓に勝つとか、追い付くとか、そんな事は考えていなかった。 ただ、里弓を追いかけたかった。一歩でも近くに行きたかった。 ―――なのに、今は。 この道を歩く事が途方もなく困難に思えてしまう。 「伯父さん。僕、頑張れるかな。」 成の言葉を聞き、伯父が少し目を見張った。 「―――将棋を嫌いになったか?」 「なってない。」 成はブンブンと勢いよく頭を横に振り答えた。 嫌いな訳ではない。 「たぶん、僕はオメガの体でいる自信がないんだと思う。アルファの時から出来が悪いのに、オメガになんかなっちゃってさ。」 「成、」 伯父の顔が見れずにうつ向く。 「抑制剤の副作用には慣れたけど、やっぱり普通の状態とは随分と違うし、数ヵ月置きに発情期はあるし、薬はあんまり役に立ってないみたいだし―――。何だか、ごちゃごちゃと考えてたら気持ちが萎んできて、」 オメガ性に負けそうな自分が情けない。こんなに弱い人間だと思っていなかった。導いてくれた伯父に申し訳ない。 「頑張りたいのに、頑張れなくなってる。どうしたらいいのか分からない。」 じわりと弛む涙腺に、情けなさが増す。 泣いてはダメだ―――と、成は奥歯を噛んで耐えた。 「成、頑張れない時は休んでいい。しばらく将棋から離れてみたらどうだ?」 「でも、―――早く、プロにならなくちゃ。」 急き立てるように言う成の頭に、伯父の手が乗る。さぞや呆れているか、ガッカリさせていると思っていたが、成が顔を上げると、伯父はいつもの優しい顔をしていた。 「そんなに焦らなくていい。何故、プロになりたいのか。今の成には、自分を見つめ直す事が必要だ。」 何故、プロ棋士になりたいのか。 将棋が楽しいから。里弓を追いかけたいから。将棋の道を用意してくれた伯父へ、少しでも恩を―――。 「オメガの体に慣れるのには、きっと時間がかかるのだろう。上手く付き合っていけるようになれば、気持ちも安定して、またヤル気になるかもしれないな。」 「―――なる、かな。また頑張れるかな。」 「ああ、大丈夫だ。」 伯父の声を聞きながら、人に自分の夢を重ねるな―――と、言った里弓の言葉を思い出していた。

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