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【馬】第53話
永岡のプロ入りの祝いにと、成は皆で連れ立って食事に来ていた。
しかし、お皿に盛られた半分を食べた所で、早くもフォークを置いてしまう。眼前で繰り広げられる信じがたい光景に食欲が失せたのだ。
「よく食うな。いったい、どんな胃をしてるんだ。」
成の声を代弁するような事を言ったのは、河埜里弓(かわのりく)だ。永岡の人外の食欲のせいか、里弓の箸もあまり進んでいない。
「美味いか?」
「はい、めちゃくちゃ美味いです!ありがとうございます!」
永岡が手を止める事なく、嬉しそうな顔をして返事をする。
今、三人がいる場所は、ホテルの洋食ビュッフェ。中学生や高校生には、お値段的にかなり敷居の高いランクの場所だ。
折角の機会、本当はお腹の限界まで食べたいのだが、食欲の回復する兆しは見えない。
「永岡くんを見習って、成ももうちょっと食えよ。」
「食べてるよ。」
話の矛先がこちらへ向き、成は置いたばかりのフォークを再び手にした。
「草食動物みたいに葉っぱばかり食べて。おまえに必要なのは肉だ。」
「でた。里弓兄の肉至上主義。」
「柳、体を作るには肉が大事なんだぞ。」
「―――こっちにもいたよ。」
里弓に加わり、永岡までも肉を推奨してくる。永岡を呆れて見ていると、里弓が成の皿へドンと肉の固まりを乗せた。
ステーキだ。
「ほら、食え。ガリガリくん。」
「ガリガリ違うし!だから、もう無理だってば。」
成は首を振りながら、ステーキの乗った皿を里弓の方へ押した。
「たから、こんなにガリガリなんだろうが。」
里弓が手を開いて大きさを現す。ちょうど頭くらいのサイズだが、頭部を『ガリガリ』と表現するのは不自然だ。
貧弱だ。虚弱だ―――などと、文句が止まらぬ里弓へ、成は首を傾げた。
こう見えて、成は年間で一回も風邪をひかない事だってある。
「どこが?」
「腰が。」
「ばっ―――」
バカなのか―――と、言いそうになる。
まさか部位を示してくるとは。しかも腰など、あからさまだ。何も知らない永岡に怪しまれてしまうではないか。
里弓をギロッ睨み付けてから、横目で永岡を確認すると、回されたステーキへ一心不乱にかぶりついていた。二人の会話を少しも気にした様子もない。
里弓との関係がバレなくて良かったが、何だか肩透かしを食らった気分になる。
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