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【ト】第59話
見慣れぬ物で揃えられた部屋の真ん中で、成はひとり佇んでいた。
窓から射し込む夕日が眩しい。
―――どうなるのかな。
六年以上の空白を経て戻ってきた柳小路の家は、あまり変わっていなかった。廊下に飾ってある絵など、細かな所は違っているが、家具の配置は同じだ。
成の部屋の場所も以前と変わりがなかったが、中身はガラッと変貌していた。
緑を基調とした空間は、安らぎの色である筈なのに、心地よいとは到底思えない。
その内、慣れるのだろうか。
将棋のない生活にも―――。
河埜家から運び込んだ私物を仕舞っていると、ドアをノックする音がした。成が返事をする間もなく、弟の功が顔を出す。
「兄さん、久しぶり―――でもないか。」
功が人懐こい笑顔を浮かべて、部屋の中へ入ってくる。表面上は親しげであるが、目は冷たい。
視線だけでも、嫌われている事をひしひしと感じた。
「明日の昼前、十時半までに家を出るから準備しておくようにって、母さんが。」
「明日?いったい何の準備?」
成が首を傾げると、功も同じ様に首を横に傾ける。
「あれ、聞いてない?明日の事。」
「いや、何も。」
「明日、ヒルレイズホテルのレストランに行くんだよ。」
「皆で食事に?」
この時期、誰の誕生日でもなかった筈だが、何か祝い事があるのだろうか。
「そうそうお食事会。ただし、家族で、じゃないよ。」
ニヤと笑いながら功が言う。とても愉快そうだ。
ピンと来ずに見返す成に、功が信じられないモノを見るように目を見張った。
「まさか、もう忘れた?」
「―――えっ、」
「兄さんにとって、気にもかからない事なのか、それともただボケてるのか。自分の将来に関わる事だよ。」
―――将来。
遅れて思い当たり、成は一気に動揺した。
何故か、さっぱり頭から消えていたのだ。今朝まで、あんなに悩んでいたのに。
「本気で、お、見合いさせるつもり?明日?」
しどろもどろになった成を見て、功が呆れた顔をする。見下した顔だ。バカにしているのだろう。
しかし、成には腹を立てている余裕はない。詰め寄るように、何も言わない功の手首を握った。
「嘘だよね、功。」
「―――可哀想になるほど鈍いね。」
握りしめていた功の手首が、成の手からスルリと逃げ出した。
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