伯母の河埜紗知(かわのさち)は体の弱い人だった。一年の内の半分以上は病院で過ごす生活で、今回の入院はいつもより長く、もう一ヶ月が経っている。 ―――まだ良くならいのかな。 伯母の病室の前に来て立ち止まると、成は小学校の制服の袖や裾を確認した。 身長が伸びたために、新調した制服なのだ。伯母に見せたかったので、着替えずに来てしまったが、昼休みに転んだ事を今さら思い出した。 「汚れてないよね。」 幸いとくに汚れは見つからず、成は背筋を伸ばして病室のドアを開けた。入り口を抜けて中へ進む。 伯母は起きており、趣味の編み物をしていた。今回は大作なのか、大量の毛糸を台の上に置いている。いつもは、細々とした物を編んでいるから珍しい。 成の顔を見て、伯母が嬉しそうに笑う。 「あら、成ちゃん。いらっしゃい。一人で来たの？」 「ううん、伯父さんと。今、お医者さんと話してるよ。」 成は答えながら、伯母のベッドの脇にパイプ椅子を引いて座った。 「成ちゃん、新しい制服ね。何だか、すっかりお兄ちゃんだわ。」 「でも、クラスの男子で一番低いよ。」 「これからどんどん伸びるのよ。伯母さんなんて、あっという間に抜かれちゃうわ。」 うふふ―――と、伯母が少女のように笑う。 いつも明るく優しい伯母が成は大好きだ。 「ね、ね。里弓兄はいつ追い越した？」 「そうね。確か、中学一年の夏だったかしら。急に伸びたのよ。小学生の時は、里弓もそんなに大きくなかったのに。」 「そうなんだ。僕も伸びるかな。」 里弓ほど大きくなりたいとは望めないけれど、クラス男子最小の地位はどうにか脱したい。 「伸びるでしょうね。でも、成ちゃんはあんまり大きくならないで欲しいわ。折角、可愛いのに。」 「え～、嬉しくないよ。早く大きくなりたい。」 伯父も叔母も、成の事を可愛いとよく言う。思ったとしても、十歳の男子にその形容詞は遠慮して欲しい。 成が頬を膨らませると、急に伯母の目がキラリと輝いた。 「あら、成ちゃん。好きな女の子ができたの？」 「違うよ。」 下手な誤解をされたくなくて、成が慌てて否定すると、残念―――と、伯母が笑う。 よい大人なのに、未だにクラスの女子のような所があり、恋の話を好む。ドラマも小説も、そういった類いの物ばかりだ。 「成ちゃんはどんな女の子と恋をするのかしら。」 伯母が目を細めて呟く。その遠くを見る目線に、成はギクリと体を強張らせた。 成が恋する未来に、伯母自身が生きていられる事を信じてないように聞こえたのだ。 ―――そんなの、イヤだ。 成が嫌な未来図を必死で振り払った、数ヶ月後。 予感は外れる事なく、成が恋を知るより随分と早く、伯母は灰となり逝ってしまった。