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【成】第65話

茫然自失の従弟が、見合い相手と北海道へ飛ぶ事になった日。その従兄、河埜里弓(かわのりく)は何も知らず、仙台にいた。 同期の牧原から呼ばれた勉強会だ。 仕事ではあるのだが、当初の心持ちは私用に近かったかもしれない。実際に、一日目は知り合いへの挨拶や飲み会しかなかった。 ―――それが、 明けた二日目から、ガラリと様相が変わった。 勉強会という緩そうな名目とは真逆の、殺人的な対局スケジュールが組まれていたのだ。 一日あたり六対局。 四日で二十四対局。 組んだのは、ボケの牧原だ。 そう多いように思われないかもしれないが、対する相手は七段、八段、九段の強者ばかり。素人へ教えるのとは訳が違う。食事もそこそこに、一日中ぶっ続けで指さねばならないのは必須。 もう修行だ。 ―――その上、だ。 毎日、反省会と称した飲み会が開催されるのだ。 これが地獄の宴だ。 途中退場が許されず、朝の三時まで飲み続けなければならないという謎の掟がある。 こっそり脱走を試みてみるが、元気なじじ様たちの包囲網は完璧だった。これには堪らず、異議申し立てする里弓に、牧原が何と返したか。 河埜って、人気だもん―――だ。 ヘラヘラ笑いながらも、牧原は本気でそう思っているらしい。 断じて、人気だからではない。どう考えても、じじ様たちからの嫌がらせだ。あちこちから揉みに揉まれて、悟りが開けそうだ。 「もう限界だ。帰りたい。」 里弓の口から、ボソッと独り言が出てしまう。帰りたいとは、もちろん自分の家にだ。本日の反省会は何とか終わり、たった今、宿泊先のホテルに帰ってきた所だ。 「帰りたい~帰りたい~♪」 少々、酔っている。 某CMの歌を歌いながら、里弓はスーツのジャケットを脱いだ。 ブランド物のスーツも、タバコと酒で酷い事になっているだろう。明日も、クリーニングに出さねば―――と、疲労した頭で考えたが、どうでも良くなる。 脱いだスーツをハンガーにも掛けず、丸めてその辺に放った。靴下も脱ぎ、シャツとボクサーパンツだけになる。 「あああ~。」 解放感に呻きながら、里弓はベッドに倒れた。部屋のグレードは高いので、里弓が手足を広げても充分に余裕がある。天井を見上げると、父と従弟の顔が浮かんできた。 「そうだ、牛タンにしよう。」 仙台の土産だ。 父の喜ぶ顔と、従弟の嫌そうな顔がフワフワと揺れる。スマホの通知が光っているのにも気付かず、里弓はそのまま眠りに落ちた。

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