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【成】第67話
宿泊先のホテルにいる。
今は夏休みだから、家族連れが多くラウンジは賑やかだった。どうやら、近くで花火があるらしい。浴衣姿の子供が目を輝かせて、成の目の前を走り抜けていく。
花火を見に行こう―――などと、言われたら面倒だと頭の隅で思う。
「成くん、十階だってさ。」
「あ、はい。」
チェックインを終えた春日に促され、エレベーターへ足を向けた。
「花火、部屋から見れるらしい。成くんは近くで見たい人?」
「いえ、別に。」
「良かった。俺、蚊が嫌いでさ。だから、助かるよ。じゃあ、夕食。店は八時に予約してるから、七時半くらいにラウンジで待ち合わせしよう。」
―――待ち合わせ、という事は。
二人の部屋は別々らしい、と分かってホッとする。間違いなどある筈はないと思うけど、アルファとオメガなのだから、やはり用心は必要だ。
「わかりました。ラウンジに七時半ですね。」
「部屋は隣だから、待ち合わせしなくても大丈夫かもだけど。」
エレベーターで十階まで上がり、静かなフロアを歩く。左手に折れてすぐに春日が立ち止まり、成へと振り返った。
「ここが成くん。あっちが俺。」
春日にカード型のキーを差し出され、成は頭を下げて受け取った。
「何かあったら、電話して。飲み物は冷蔵庫にあるたろうけど、ルームサービスも好きにしてくれて構わないから。じゃ、後で。」
ヒラヒラと手を振り、春日が自分の部屋へ消えていく。あっさりと解放されて拍子抜けしつつ、成も部屋へ入った。
約束の七時半には、まだ一時間以上もある。
成は斜めがけしていたバッグを開け、いそいそと中くらいの箱を取り出した。
簡易の将棋セットだ。
旅行には将棋アプリが一番手軽だったが、スマホは母に取り上げられてしまっている。それにスマホがあったとしても、液晶で将棋をするのは、少し味気ない。
集中するには、気分も大事だ。
成はテーブルに将棋を並べて、盤面を見下ろした。すぅと気持ちが切り替わる。
母も、弟も、春日も、一気に遠退いていく。
「お願いします。」
誰も座っていない向かいへ、成はゆっくりと頭を下げた。
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