67 / 101

【成】第67話

宿泊先のホテルにいる。 今は夏休みだから、家族連れが多くラウンジは賑やかだった。どうやら、近くで花火があるらしい。浴衣姿の子供が目を輝かせて、成の目の前を走り抜けていく。 花火を見に行こう―――などと、言われたら面倒だと頭の隅で思う。 「成くん、十階だってさ。」 「あ、はい。」 チェックインを終えた春日に促され、エレベーターへ足を向けた。 「花火、部屋から見れるらしい。成くんは近くで見たい人?」 「いえ、別に。」 「良かった。俺、蚊が嫌いでさ。だから、助かるよ。じゃあ、夕食。店は八時に予約してるから、七時半くらいにラウンジで待ち合わせしよう。」 ―――待ち合わせ、という事は。 二人の部屋は別々らしい、と分かってホッとする。間違いなどある筈はないと思うけど、アルファとオメガなのだから、やはり用心は必要だ。 「わかりました。ラウンジに七時半ですね。」 「部屋は隣だから、待ち合わせしなくても大丈夫かもだけど。」 エレベーターで十階まで上がり、静かなフロアを歩く。左手に折れてすぐに春日が立ち止まり、成へと振り返った。 「ここが成くん。あっちが俺。」 春日にカード型のキーを差し出され、成は頭を下げて受け取った。 「何かあったら、電話して。飲み物は冷蔵庫にあるたろうけど、ルームサービスも好きにしてくれて構わないから。じゃ、後で。」 ヒラヒラと手を振り、春日が自分の部屋へ消えていく。あっさりと解放されて拍子抜けしつつ、成も部屋へ入った。 約束の七時半には、まだ一時間以上もある。 成は斜めがけしていたバッグを開け、いそいそと中くらいの箱を取り出した。 簡易の将棋セットだ。 旅行には将棋アプリが一番手軽だったが、スマホは母に取り上げられてしまっている。それにスマホがあったとしても、液晶で将棋をするのは、少し味気ない。 集中するには、気分も大事だ。 成はテーブルに将棋を並べて、盤面を見下ろした。すぅと気持ちが切り替わる。 母も、弟も、春日も、一気に遠退いていく。 「お願いします。」 誰も座っていない向かいへ、成はゆっくりと頭を下げた。

ともだちにシェアしよう!