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【龍】第70話

タイトル戦の行われる数時間前、河埜新士(かわのしんじ)は腸が煮えくり返るほどに怒っていた。米神辺りの血管が沸騰している気がする。 ―――成が、 新士が不在の間に、甥っ子の柳小路成(やなぎこうじなる)が実家へ連れ戻された。 音信不通の成を心配し、成の友人でもあり、新士のかつての教え子でもある永岡竜馬(ながおかりょうま)に今朝がた連絡をしたのだ。 すると、成は実家にいるという。永岡も事情は知らないが、新士への手紙を預かっていた。 ―――長い間、お世話になりました。考えるところがあり、柳小路の家へ戻ろうかと思います。将棋はプロでないにしても続けていくつもりです。落ち着きましたら、ご挨拶に伺います。 そのような事が書かれていた。 そんな馬鹿な―――だ。 まるで信じられない。 オメガになってからずっと不安定だった成が、最近やっと落ち着いてきたのだ。また将棋の道へ歩き出そうとしていた所で、何故実家へ帰らねばならない。 混乱しつつ、成の母―――柳小路茜(やなぎこうじあかね)へ電話をしてみれば、成にお見合いをさせる為に連れ戻したのだという。 全くもって、頭が追い付かない。 「は、お見合い?まだ中学生ですよ。」 『だって、どこの誰とも分からないアルファに襲われたら大変じゃないですか。しっかりした方と番わせるのが親の責任ですよ。』 茜が当然の事のように語る。 新士が怒っている事など予想もしていないらしく、電話越しの茜の声は半笑い気味だ。怒鳴り散らしたいのを、深呼吸をして何とか耐えた。 「ご心配は分かりますが、それにしたって強制的に番わせるのは。」 『今は反発心もあると思いますけど、後悔するような事になるより良いでしょう?』 「―――棋士は、」 『無理でしょう。オメガですから。』 オメガだから。 それだけの理由で、親が勝手に夢を摘み取っていいのか。腹が立ち過ぎて、目眩がする。 『棋士になれないなら、河埜さんのお宅にいつまでもご厄介になる訳にもいきませんでしょう。それに―――、ほら、河埜さんのお宅にいたままだと、棋士になるとか叶いもしない夢をいつまでも見たりして、自分の立場を自覚しないままで困りますもの。後々、つまずくのより、早い内に諦めさせた方が成の為です。』 分かるでしょう―――というニュアンスで茜が言う。吐きそうだ。 「茜さんのお話は分かりました。有士(ゆうし)と話させてもらいます。」 『え―――、あの人は、』 慌てたような茜の声に構わず、新士は通話を切った。

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