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【龍】第71話
あの伯父が不戦敗など、もしや、何かあったのではないだろうか。
ネットを漁るものの情報はなく、ならばと河埜の家へ電話をしてみた。電話帳は取り上げられたスマホの中で、番号を記憶しているのが河埜の家電しかないのだ。
しかし、三回のコールのち留守電に切り替わり、柳小路成(やなぎこうじなる)は借りたスマホを握り締めた。
「どうだったかい?」
春日結仁(かすがゆいと)が尋ねながら、珈琲の入ったカップを成の前に置く。
こういう事をあまりしそうにないのに、わざわざ淹れてくれたらしい。春日からの親切に、少し気持ちが落ち着く。
「スマホ、ありがとうございました。繋がりませんでしたが、将棋会館の方に連絡をしてみようと思います。」
春日に借りたスマホを返して、成は珈琲に口を付けた。体に良くないと伯父が言うので、普段はあまり飲まないが、今は有り難い。
「成くんのお母さんに聞いてみれば?伯父さんのスマホの番号。」
「あ―――、そうですね。」
母に聞けばいいのか。全く選択肢になかったが、緊急事態だ。仕方がない。
礼を言おうと微笑んだ瞬間、カァッ―――と、急に体が熱くなった。
突然の事に、慌てる。
しかし、覚えのある感覚。
―――これは、発情期。
二回目の発情期から、まだ一ヶ月も経っていない。こんなに早く来る筈が―――。しかも、いつもより症状の進行が早い気がする。
あまり余裕がない。
一刻も早く、春日の前から立ち去らなければ。
「すみません。部屋に戻ります。」
ドアに駆け寄ろうとしたら、背後から腕を引かれ、成は抱きしめられていた。
「か、春日さん?」
「ダメ。逃がさない。」
「離してください!」
春日の腕を振りほどこうとして、体があちこちにぶつかる。何か倒れたようだが、直している余裕はない。
「ヒートですって!離してください!」
「離さない。折角ヒートになったのにさ。」
「はっ―――どういう、」
倒れたゴミ箱に目がいった。
ピンク色の珍しい包装。パッケージは派手だが、たぶん薬だ。
何故なら、見覚えがあるのだ。数ヵ月前、オメガになったと判明した時に医師から説明された。
あれは、
「―――ヒート誘発剤。」
言っておきながら、春日に誘発剤を飲まされたとは、成は信じていなかった。
―――だって、いい人だと。
信用していた。
「番になるつもりだって言ったろう?」
今までの爽やかな仮面を脱ぎ捨て、春日が嗤う。
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