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【龍】第72話

無理やりする予定ではなかった―――と、春日が言う。今回の旅行で警戒心を解いて、ゆっくり口説くつもりだった。 「これでも我慢してたのに、一人で部屋に訪ねて来たりするから、無理やりでもいいかって思うだろ。番になってしまえば、俺のモノだし。」 当然のように言うが、いったいどんな理屈だ。普通じゃない。春日はこれまでも、常習的にオメガへ薬を飲ませて、無理やりしていたのではないだろうか。 ―――酷い。 こんな人を一時でも信用した自分に腹が立つ。 「あなたのモノになんか、ならない。」 「残念。しちゃうから。」 「やっ!」 チッ―――と、春日が舌打ちする。 「抵抗すんなよ。乱暴されたいのか。」 「ぐっ―――」 背中から春日に容赦なく押さえ付けられ、肺が圧迫される。頬がドアに当たり、頬骨が痛む。 ―――悔しい。 まるで力で敵わない。 「成くんの匂い、イイね。」 クンクンと首筋を嗅がれ、全身に悪寒が走った。 「薄いと物足りないし、濃すぎるとキツい。濃いとさ、意識が保てないんだよ。前にすごいキツいオメガが―――。あれ、成くんと同じ中学のオメガだったか。」 春日はフェロモンに当てられているからか、話が不自然に飛んでいる。喋り方も、単語がぶつ切りだ。 逃げ出そうともがいていたが、聞き流せない言葉が耳に入り、成はピタリと動きを止めた。 「何―――、それ、誰の事ですか?」 嫌だ―――と、思った。 ある予感をして、スッと指先が冷える。 聞きたくない。 でも、知らねばならない。 抵抗を止めた成に安心したのか、春日の腕から少し力が抜け、背中からの圧迫が和らぐ。 「それ、―――女子、ですか?」 「女子。名前、何だっけな?山野か、北野か、」 「草野?」 「そうそう、草野。草野の娘だ。」 ―――草野さん。 転校してしまった同級生の―――草野早百合(くさのさゆり)の痩せた体が脳裡に浮かぶ。 倒れそうな細い体で必死で立っていた。あの日の草野。 「フェロモンひどくて、あの子、最悪だった。」 春日が吐き捨てるように言い、怒りで頭が真っ赤になった。全身が煮える。 「あなたが―――。」 許さない。 許さない。 草野にあんな顔をさせたこの人を。

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