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【龍】第73話
河埜里弓(かわのりく)は、とあるホテルに来ていた。従弟の成(なる)がここにいるらしいが、実は話がよくわかっていない。
九州にいる父の新士からの要請であるのだが、何やらたいそう憤慨していた。
父が感情を顕にするのは珍しかったせいもあり、言われるがままに北海道に飛んだのだが。
―――どうすりゃいいんだ。
成が宿泊している部屋の前にいる。しかし、応答がない。成へと電話をするがやはり繋がらず、父からの連絡もなく、ぼんやりと待機しているしかない状態だ。
「あ~、眠い。」
廊下をすれ違う人に、不審な目を向けられ、里弓は疲れた顔でため息をついた。何もせず突っ立っているのだから、どう見ても不審者だ。
―――ドン、ドン。
成の部屋の隣から音が聞こえた。壁に何か重いものをぶつけたような鈍い音だ。
気になって隣室のドアの前に立つと、微かに言い争うような声が聞こえた。
『―――い!―――な!』
『やっ!―――して!』
ガチャ―――と、ドアノブが下がり、一ミリほどの隙間ができた。途端に、甘い香りが鼻をつく。
―――!?
閉まりそうになるドアノブを、里弓は思いきり押した。あまり考えての行動ではなく、反射的に動いてしまったが、勘違いではないだろう。
この甘い香りを間違う筈はない。
ドアを開けたすぐそこにやはり成がおり、里弓の腕の中へ倒れ込んでくる。
「成。」
「―――へっ?里弓兄!?」
真ん丸に目を開いた成へ、ぶちギレそうなほど怒りが湧く。しかし、今は緊急事態と理解して、必死に言葉を飲み込んだ。説教は後だ。
発情してる成を支えて立ち去ろうとすると、室内から男が呼び止めた。
「おいっ。」
里弓が首だけで振り返ると、頬を腫らした男がいた。頬は成に殴られたのだろう。
「誰だ。」
「従兄だ。成が世話になったようだな。礼は後日する。失礼。」
「待て。」
成の部屋に向かおうとすると、また男が引き止めてきた。皮肉が通じないとは、察しの悪い男だ。頭の回転が鈍そうだと判断を下す。
「急ぐのだが。」
「君もアルファだろう?成くんはヒートになっている。」
「だから、あなたに渡せと?」
「俺は婚約者だ。」
男がしたり顔で言う。
婚約者など聞いていない。里弓が仙台で修行をしている間に、いったい何があったのか。
成の顔を見ると、違う違う―――と、真っ赤な顔で首を振る。早くどうにかせねば、ヒートがキツそうだ。
「本人に婚約の意志はない。じゃあな。勘違い野郎。」
「ふざけ―――」
今度は男を完全に無視して、里弓は成と部屋へ消えた。
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