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【龍】第79話
いつも泣きそうになる。
里弓の言葉は刃のように鋭く、成の胸の奥をスパッと切り開く。隠した筈の患部は丸見えだ。
成の胸の内から、躊躇なく取り出して見せると、こんな物は捨ててしまえ、と里弓が言う。
捨ててしまいたい―――と、心が揺れた。
そんな場合ではないのに、嬉しくて泣きそうになる。
―――でも、投げ出す訳にはいかない。
もう九歳の子供ではないのだ。ちゃんと一人で立ち向かえる。
だから―――。
「そうだよ。好きだよ、将棋が。でも、今はプロを目指すとか無理なんだ。このままじゃ、僕は将棋を嫌いになる。だから、一旦距離を置きたい。将棋そのものを止めてしまう訳じゃないけど、今は夢を追えない。」
期待を裏切る従弟の事など、失望して、手放してくれればいい。
―――だから、ひどい嘘をつく。
「こんななのに、伯父さんと一緒にいれないでしょ。母さんから呼ばれたのは、きっかけだ。僕が自分の意志で、河埜の家から出ただけ。僕は逃げるよ。疲れたんだ。里弓兄には、もう付いていけない。」
成の言葉を無言で聞いていた里弓が、微かに傷むように瞳を見せた。
途端に、後悔する。
「ごめん。」
いつものように手を伸ばしてしまいたくなる気持ちを、成はぐっと堪えた。
「ごめんね、里弓兄。」
「元から強制するつもりは、俺にも、親父にもねぇんだが―――。まあ、話は分かった。」
はぁ―――と、里弓が諦めたように溜め息を吐き出す。疲れた横顔だ。その目の下に、濃い隈を見つけた。
見合い相手にホイホ行く無用心さを怒られはしたが、寝不足だとか一言も聞いていない。とてもとても忙しい中、成を迎えに来てくれたのだ。
無条件に与えられる親愛の情に、ぎゅうっと胸が苦しくなる。
―――好き。やっぱり里弓兄が、好きだ。
まさか里弓に恋をするなど思いもしない。
いつから恋をしていたのだろう。里弓との出会いから順を追い思い返しても、よく分からない。
成がぼんやり眺めていると、里弓がギロッとこちらを睨んだ。
「話は分かったが、おまえを柳小路の家には帰さない。もし負い目があって親父のとこが居づらいって言うなら、ウチに来い。」
「は?ウチって―――、里弓兄のマンション?」
思ってもいない里弓の言葉に虚をつかれる。
「おまえがいくら拒否したってな、抵抗むなしく結婚させられるハメになる。今回―――、春日みたいなろくでもないアルファと番にさせられるんだぞ。冗談じゃねぇ。」
里弓が苛々と言う。
成だって、好きでもないアルファと番にさせられるなど冗談ではない。―――ないが、何故こんな流れになったのか。
「棋士になるかどうかは、成のしたいようにすればいい。でもな、勝手に結婚するのは許さねぇ。」
「いや、許さない、って言われても。」
どう言えば納得してくれるのか分からず、成は途方に暮れた。
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