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【王】第81話
―――何なんだ、こいつは。
目の前で交わされる会話を無言で聞きながら、河埜里弓(かわのりく)は苛々と前髪をかき上げた。
叔父―――成の父である柳小路有士(やなぎこうじゆうし)に対して、嫌悪感が爆発寸前まで膨れ上がっている。
元々良い印象は持っていなかったが、これほど自己中心的な性格だとは。
出来れば知りたくなかった。
父と叔父の真ん中にいる成を見れば、今にも倒れそうな顔で耐えている。同席させるべきではなかったかもしれない。
「オメガが棋士になるなど、諦めて正解だろう。」
叔父の言葉に、プチン―――と、里弓の頭の中の糸が切れた。大人になれ、と微かに理性の声がしたが、そんな考えは切り捨てて放り投げる。
「成は、諦めてませんよ。」
突然、言葉を発した里弓に、皆の視線が集まる。呆けた顔の叔父と真っ正面から目が合い、怒りは増幅した。
「さっきから大人しく聞いてれば、グダグダと。あなたが心配してるのは、自分に迷惑がかからない為の算段でしょう。」
「里弓。」
隣の父に嗜められ、里弓はとりあえず反抗せずに頭を下げて見せた。
「言い過ぎました、すみません。」
「いや、」
里弓を怒るべき場面か、許すべき場面か。迷ったように叔父が頬をひきつらせる。
―――ごめん。
父に心の中で謝った。父と叔父の関係がどんなものか知らないが、里弓が亀裂を入れる事になるかもしれない。
それでも、言わせてもらう。
「成は棋士になるのを諦めていません。オメガだから無理だと決めつけて、話を進めないで欲しい。成の意志を無視するようなら、柳小路の家には戻さない。」
「里弓くん、戻さないって言われてもね。成の意志を無視しているつもりはないよ。なぁ、成?」
叔父が嘘くさい弱り顔で、成へ首を傾げる。成は口を結んだまま動かない。
「成、どうなの?きちんとあなたの言葉で話をしなさい。」
「僕、は―――。僕は、棋士にはなりません。柳小路の家に戻ります。」
叔母の茜からせっつかれ、成は掠れた声で返事をした。言った後に、成の目が泣きそうに歪む。
そんな成に気付かず返事を聞くと、叔父が当然だと微笑みを浮かべた。
「ほら、本人もこう言って、」
「成、バレバレだって言っただろうが。何で、そんな分かりやすい嘘をつかなきゃならない嵌めになってんだよ。」
何をエサに成を操っているのか知らないが、エサがあるとバレた時点で、叔父や叔母の負けだ。里弓は少しも退くつもりはない。
一歩も譲らない。
例え、成が本気で泣こうが喚こうが、引き摺ってでも連れて帰る。
そう心に決めた。
「成は嘘などついていないよ。里弓くん、何を根拠に。」
「ははっ、根拠?おかしな事を。」
感情の限界点を突破して、何だか笑えてきた。
腹を抱えて笑う里弓を見て、叔父と叔母が不愉快そうな顔をする。二つ並んだ顔を見れば、すぐに笑いは引っ込んだ。
里弓は先程から一転して、ゾッとする冷たい目をして、二つの醜い顔を見下した。
「この六年間、どれだけ成を大事にしてきたか。知らねぇだろ。知るわけねぇよな。一度も訪ねて来た事もねぇじゃねぇか。そんな奴らに渡せると思うのかよ。親でも何でも、渡すかよ。この俺より、成を大事に思ってる自信があるのか?ねえだろ。だから、成は絶対に返さない。」
目を丸くしている成を尻目に、里弓はふてぶてしい顔で言い放った。
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