83 / 101

【王】第83話

夏の陽射しが緑鮮やかな畳を焼いていた。応接間は畳替えをしたばかりらしい。 そんなどうでもよい事を成は思っていた。 「里弓くんが、成と?」 「はい、成を―――成さんをください。番という関係だけではなく、きちんと結婚して、籍も入れます。」 「―――結婚。」 父が訝るように眉間へシワを寄せる。 次々と突拍子もない事を言い出した里弓は、真顔だ。 そして、里弓の横の伯父はというと、何故か項垂れて体を震わせている。まさか泣いている筈はないが、笑うような雰囲気でもない。 もしかしたら、体調が悪くなったのではないだろうか。心配する成を置き去りに、里弓と父の会話は続く。 「正気、の沙汰ではないな。」 「正気です。俺では安心できませんか?まだ在学中ですが、金銭的に困るような事はさせません。棋士として未熟な点も、多々あるかと思いますが、」 いやいや―――と、父が里弓の話を遮る。 「そうではなくね。里弓くんならば、もっと似合いの相手がいるだろう。わざわざ親戚の、しかも同性を番にせずとも。」 「いません。」 キッパリと断言した里弓に、父が言葉を詰まらせる。五秒ほど黙った後に、父が観念したように溜め息を吐いた。 「参ったな。そうまでして反対なのかね?」 父の言葉で我に返った。 そうか。 フェイク。 成を柳小路の家に戻さない為の方便のようなものなのだ。里弓からの突然の番宣言に、プロポーズをされた気分になってしまった。 ―――はは、びっくりしたな。 少し期待した分だけ、ガッカリしてしまう。さっき充分すぎるほど幸せだと思った筈なのに。お前はそんな綺麗な人間じゃないだろうと、神様か何かに見せ付けられているようだ。 成が軽く落ち込んでいると、納得した答えと違う事を里弓が言い出す。 「違いますよ。―――いや、反対は反対なんですが。成を返さない為だけに、番になるとか言い出した訳でもないです。もっと自分勝手な理由です。」 「何だね。理由は。」 スッと里弓の視線がこちらへ流れてきて、その瞳の真剣さに成は息を呑んだ。 今から大事な事を言われるのだ―――と、身構える。 「俺は、ずっと成を好きなので。」 静かな和室に、淡々とした里弓の声が落ちて、沈んでいった。

ともだちにシェアしよう!