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【王】第84話

可笑しくて仕方がない。 小さい頃から手がかからず、頭が良過ぎるほど出来の良い息子は、実は方向音痴だった。恋愛事に対して。 ―――そう。恋する迷子。 頭の悪いフレーズを思い付き、ぶぶっ―――と、河埜新士(かわのしんじ)は派手に吹き出してしまった。一度笑ってしまうと堪えるのは難しく、箍が外れたように止まらなくなる。 ひっひっと腹を抱えて笑うと、里弓が頬をひきつらせた。 「親父。」 「あぁ、すまん、すまん。里弓が、あまりに馬鹿で、堪えきれなかった。やっと言いおったと思ったら、それかい。馬鹿だとは分かっておったが、最高に馬鹿だな。」 これ以上続けたら本気で殴られそうなので、新士は無理やり笑いを引っ込めた。 コホン―――と、ひとつ咳払いをする。 「里弓。成の気持ちも聞かずにそれはないだろう。いくら頭にきてても、成を無視するようなやり方じゃ、やってる事は同じだぞ。」 図星だったらしく、里弓が返す言葉に詰まる。自覚があったのだろう。 「とはいえ、突然ではあるし、こんな面々を前に惚れたのどうのと気持ちの確認もしにくかろう。―――だから、先に、親同士の話をつけるとしようか。」 柳小路有士(やなぎこうじゆうじ)の方へ顔を向けた。笑いすぎてふやけた腹に力を入れ、背筋をシャンと伸ばす。 さて、ここが勝負どころだ。 「成の相手として、里弓は不服か?」 「いえ、まさか。」 有士が答え、隣にいる茜と夫婦揃って首を振る。 万が一にもないとは思っていたが、不服と答えられたらどうしようかとは考えていた。 「では、成が頷いたならば、二人の―――、成と里弓の結婚に賛成してくれるか?」 「はい。里弓くんならば安心です。こちらからすれば願ってもない話で。」 意外とあっさり有士が頷く。現実的な男だから、里弓のような優良物件を捨てるには惜しいと思ったのだろう。 茜は一瞬だけ不服そうな目をしたが、有士に逆らう事はなく渋い顔で頷いた。 思っていた通りに話がまとまり、安堵する。里弓の暴走で途中脱線しかけたが、巧いこと転んだ。 「よし。じゃあ、親の話は終わった。たが―――、もちろん強制でもない。お互いによく考えて、ゆっくり話し合うといい。特に、」 可愛い甥っ子へ視線を動かす。 「成。おまえは、自分の気持ちに正直に、我が儘に、貪欲になれ。欲しいものを欲しいと言っていいんだ。」 「―――伯父さん。」 成は喜べばいいのか分からず困った顔をしていたが、悲愴さは消えていた。

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