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【王】第87話
「ただいま。」
数日ぶりの河埜家は、出た時と何も変わらぬ状態で成を迎えた。伯父も里弓も仕事でいなかったから、リモコンの位置すら成が使ったままだ。
ここを立ち去ったあの日を、かなり前の事に感じるが、数えてみれば一週間ほどの不在だった。
―――色々あり過ぎたなぁ。
強制連行され、見合いをして、何故か北海道へ飛んで、里弓に助けられ、それから―――。
もう頭が飽和状態だ。
「成、疲れただろう。」
「伯父さんこそ。体、大丈夫?今日は早く寝た方が―――」
伯父を振り向くと、リビングの真ん中に将棋盤を出していた。今から将棋をするようだと悟り、成は呆れる。
「する気なの?」
「おう。するぞ。最近、成と打ってなかったからな。」
「うん、元気ならいいけどね。」
伯父のタフさに呆れながら、成は向かいに座った。入院して完全復活だ。
―――このキズは。
盤についた傷をゆっくりと指でなぞる。成が小さい時に付けたものだ。使い込んだ盤を見下ろし、唐突に懐かしさが沸き上がった。
家に戻って来れた―――と、実感する。
「里弓とは何枚でやってるんだ?」
嬉しさを噛みしめ駒を並べ始めると、伯父にハンデの枚数を聞かれた。
「えっと、四枚くらい。」
「じゃあ、六枚にするか。」
「そんなにいいの?勝っちゃうかもだよ~。」
「ははっ、期待している。」
成に負けるとは微塵も思ってない様子で、伯父がカラカラと笑う。少々カチンときた。
カチンときたが、実力が足りないのは自分がよく分かっている。
―――う~、悔しい。
今はまだ、どう足掻いても無理だけど、伯父とも、里弓とも、いつかはハンデ無しで指せるようになりたい。
「伯父さん、僕、将棋が好きだ。」
「そうか。」
「伯父さんも好き。」
「ありがとう。伯父さんも成が好きだぞ。」
急に始まった成の告白大会に、伯父が柔らかに笑って返す。
ここまでは気負いなく言えた。
しかし、次の言葉を言い淀む。さすがに、伯父に面と向かって告げるのは、少しだけ気まずい。
「ついでに言うとね。僕、里弓兄が好きなんだ。」
「そうか。知らなかったな。」
驚いた様子もなく伯父が言う。
やはり前から成の気持ちは気付かれていたのかもしれない。
「本人には言ったのか?」
「まだ―――、里弓兄には言ってない。」
「じゃあ、しばらくは言わずに、口説かせてみたらどうだ。」
ククッ―――と、伯父が愉快そうに笑う。成もつられて笑いが零れた。
里弓をからかうような気持ちの余裕はないけれど、伯父にそう言われると太鼓判を押された気分になる。
里弓とちゃんと話をしよう。
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