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【詰】第92話
柳小路成(やなぎこうじなる)は、目の前に置かれた肉厚な牛タンをぼんやりと見下ろしていた。
「あれが、最初だったな。」
河埜里弓(かわのりく)が懐かしそうに呟きながら、タンを一枚また口に放る。
この牛タンは、仙台土産らしい。
あっさりしたものがいいかと聞いておきながら、結局はガッツリした肉を食べさせられている。
牛タンを食べながら、里弓がつらつらと昔の話を始めたが、何を言いたかったのか良く分からず成は首を傾げた。
「最初って、何が?」
「成に欲情したのが。」
里弓の発言に、ぶはっ―――と、成は玄米茶を吹き出した。
「おいおい、大丈夫か?」
「げほっ、げほっ。」
成が吹き出した玄米茶を、里弓が手早くクロスでテーブルを拭く。家事慣れしている里弓を見る度に違和感に襲われる。
「今思えば、おまえ、オメガに変わりかけてた時期だったのかもしれねぇな。―――まあ、それ以来、万が一にも襲ってしまねぇように、出来るだけ距離を取ろうとしたんだが。」
食事をしながら話す内容ではない気がするのだが、赤面した成を置き去りに、里弓の言葉は止まらない。
「キツくしても、おまえ、全然めげねぇで、必死に着いてきただろ。こっちも自分がおかしくなったんじゃねぇかって思って必死だったんだが、―――そんなに健気な姿見せられたら、可愛いなと思うだろうよ。」
「かっ―――」
心臓が止まりそうになった。
自分に対して可愛いと思ったなど、里弓の口から出た言葉とは信じられない。目の前にいるのが本人なのだろうかと、少し疑ってしまう。
「もう、ただの従弟に見れなくなってきて、これは本格的にマズイと思ったから、物理的に離れる必要があると。」
「だから―――、独り暮らし始めたの?」
思ってもみない真実に、成は目を見張る。里弓が河埜家を離れたのは、成を疎ましく思ったからだと思っていた。
「ああ、そうだ。成を泣かさないために、離れる事で守れるんだと、十八の俺はそう信じてた。まさかオメガになっていたと思いもせずにな。―――あの時、」
里弓がバツが悪そうに言い淀む。どの時だろうかと、成は首を捻った。
「あの時って?」
「―――始めてヒートがきた時、俺は喜んだ。成を俺のモノにできるって。」
里弓の言葉に体が震えた。
好きなアルファに望まれる事が、こんなに嬉しいものだとは。
例え、そこに恋心がなかったとしても、確かな所有欲を見せられれば、喜ばない筈がない。
仔犬のように飛び付きたくなるのを耐えて、成はじわりと熱くなった指先を握り締めた。
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