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【了】第98話

担任の古山と別れ河埜家へ帰ると、ガレージに里弓のランクルが停まっていた。来ているらしい。少しそわっとなる。 玄関を開けると、食欲をそそる匂いが漂ってきた。シチューだろうか。 匂いに吊られるようにキッチンに向かうと、伯父がコンロの前に立っていた。 成に気付くと、嬉しそうに笑う。 「成、おかえり。」 「ただいま。すぐ手伝うね。」 「もう出来るから、大丈夫だ。着替えついでに、里弓を呼んで来てくれ。」 「うん、分かった。里弓兄、教室?」 「いや、里弓の部屋。」 「二階?珍しいね。」 里弓が高校まで暮らしていた部屋は、当時のまま残っている。四年間ほとんど近寄らなかったのに、どうしたのだろう。 階段を上るにつれ、ドサッドサッ―――という、音が大きくなる。泥棒が部屋を荒らしているのではないかと思うような乱暴さだ。 恐々と部屋を覗くと、中にはごみ袋を片手に持った里弓がいた。 「―――何してるの?」 「掃除。」 「何でまた、急に。」 掃除というより、手当たり次第、目につく物をごみ袋に放り込んでいるだけに見える。一応、金属類は分別はしているようだが。 物珍しく眺めていると、里弓が作業の手を止めて、ごみ袋を床に放った。そして、コイコイ―――と、成へ向かって手招きする。 「なに?」 成がちょこちょこと近寄ると、里弓から手首を引かれ、男の腕の中に抱き締められた。 途端に、甘い香りに包まれる。番の成にしか嗅ぐ事のできない香り。 ドキドキと安心の両方を感じる腕の中で、里弓を見上げた。 「里弓兄?」 「あのな。戻ってくる事にした。」 「え、」 「大学卒業したら、またここで暮したいと思う。成と一緒に暮らしたい。―――いいか?」 里弓がらしくなく、少し自信なさげに成へ伺う。断られるかもしれないと思っているのだろうか。駄目だと言う訳がないのに。 成は嬉しさに震えそうになる指を伸ばし、里弓の頬にそっと触れた。 「もちろんだよ。帰ってきて。」 良かった―――と、里弓が目元を和らげる。 「嬉しい。また里弓兄と一緒にいれるんだ。」 「ああ、ずっと。」 里弓が成の耳の下を撫でながら、顔を寄せてくる。敏感な場所を触られ、皮膚が粟立った。耳の下を撫でるのは、キスをする時の癖らしい。 成は体を震わせ目を閉じると、唇を差し出すように顔を上げた。二人の唇が距離が近くなり、吐息のような声が出る。 「離れないで、ずっと。そばに―――」 ゆっくりと重なりそうになった唇は、 「お~い!できたぞ~!」 階下から呼び掛ける伯父の声に遮られた。 ―――しまった。忘れてた。 里弓を呼んで来るように、伯父から言われていたのだった。 「続きは、また今度。」 チュッ―――と、里弓はわざとリップ音を立てて、成の額にキスをした。 こんな戯れも嬉しいし、好きだけど、実は物足りなさも感じている。番になってから、まだ一度も触れ合っていないのだ。 「続きは―――、キスだけじゃ、嫌だよ?」 成が精一杯の誘いをかけると、里弓が目を見張った後、にやりと面白そうに笑う。 「言うようになったな。まさか、成に誘われるとは。その言葉、覚えてろよ。足腰立たなくしてやる。」 「待って、そこまでは望んでないって。」 「遠慮はいらねぇ。何時間でも付き合う。」 「いやいやいや、」 墓穴を掘ったのではないかと後悔しながら、伯父の待つダイニングへ向かった。

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