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【了】第99話
食後にお茶をひとくち飲むと、待っていたように伯父が口を開いた。
「春日さんのお孫さんだが。」
春日―――という名に、ギクリとなる。
隣でコーヒーを飲みながら寛いでいた里弓の雰囲気も、一瞬で尖った。
「春日さんて―――、あの春日さん?」
春日結仁(かすがゆいと)の爽やかに笑った顔や、見下したように歪んだ顔が、次々と頭を過る。
「その春日さん。彼の祖父が春日不動産会長で。その方と、少し面識があってな。何というか、―――お孫さん、寺に入った。」
「え、寺?」
「寺。いわゆる、出家だ。」
あの春日が出家などするだろうか。自主的にする筈はないから、何かしらの力が―――。
「それ、親父が何かしただろ?」
里弓が伯父に聞く。
「特に何もしてないぞ。うちの可愛い甥っ子が薬を使われて、危うく孕ませられそうになったのですが、どう落とし前つけましょうか?って、言っただけだぞ。」
「ヤクザの脅しかよ。」
「穏便な話し合いだ。」
平然とした顔で言う伯父に絶句する。呆れればいいのか、感謝すればいいのか分からない。
ポカンと口を開けたままの成の代わりに、里弓が話を進める。
「でも、それじゃ、知らぬ存ぜぬで逃げられるだろ。他にも何かした筈だ。」
「そうなの?伯父さん。」
ちょっとな―――と、伯父が湯呑みに視線を落として話す。
「春日不動産と取引がある会社の社長が、将棋好きでな。伯父さんの事、ずっと応援してくれてるんだよ。春日不動産にとっては大きな取引相手で、まあ、それとなく釘を指してもらった感じだ。」
釘を指したという程度でなく、その社長も脅したのではないだろうか。伯父からは脅され、クライアントからは睨まれ、春日不動産の会長は大変だった事だろう。
「それでだな。ちょっと頼まれ事をされたんだが―――。娘さんがな、里弓の熱狂的なファンらしくて。」
伯父が言いづらそうに、里弓の顔を伺う。何か厄介な事を言われたのではないだろうか。
里弓も同じように思ったようで、少し警戒した雰囲気になった。
「何だよ。」
「―――里弓のサインが欲しいらしい。書いてやってくれないか?」
サインの依頼に、里弓が拍子抜けした顔になる。
「何を要求されるかと思えば。サインくらい書くよ。」
「そうか。良かった。もしかしたら断られるかと。あっ、『ユナちゃんへ』を忘れるな。」
はいはい―――と、里弓が手を振りながら、面倒そうに答えた。
伯父が再び真面目な顔になり、成へと向き直る。
「成も知っていると思うが、アルファの彼に対して、刑罰を与える事はできない。その代わりになるか分からんが、こういった償いのさせ方となった。―――だからといって、成が許せないなら、許してやる必要もない。」
アルファがオメガに何かしようとも、今の社会では司法による制裁はできない。前科はつかないし、罰金を払って終わりだ。
五年前に比べれば格段にオメガ差別は減ってきているが、刑法の成立にはまだ少し時間がかかるだろう。
―――まさか出家させるとは。
実際、成は何もされていない訳だし、落とし所として異論はない。これ以上、被害者が出ないならば、それでいい。
ただ、ひとつだけ。
「友だちの事―――」
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