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【銀】第12話 十一と十八

あれは、里弓が高校卒業するまで、残り四ヶ月を切った頃だったと記憶している。 それまで志望していた進学先を変更し、実家から通うには少し不便な場所にある大学をわざと選び、卒業後に独り暮らしをする口実を得た。 教師からも父からも大して反対はなかったし、学力面でも問題はなく順調に事は運んだ―――のだが、ひとつだけクリアしていない事があった。 ―――あ~、どうすっかな。 ガシガシと頭を乱暴にタオルで拭きながらリビングへ入ると、ソファに父の姿があった。父は映画を観るのが唯一の趣味で、こうしてたまに遅くまでテレビにかじりついている事がある。 テレビの中では、怪獣が街を暴れ回り奇声を上げている。里弓はあまり好まないジャンルの話だ。 「ああ、そうだ。」 微妙に古めかしいCGの怪獣をぼんやりと眺めていると、急に父が振り返ってきた。後ろにいる理巧に気付いているとは思わず、少し仰け反る。 「書いておいたからな。」 父がテーブルの上の大小の封筒を指差して言う。 封筒の中身は、里弓が受験に必要な書類だ。三日ほど前に渡したのだが、もう書いたらしい。 「早いな。助かるよ。」 里弓はソファを周りテーブルまで来ると、指差された封筒の一番上から手に取った。 こういった手続きには、親の手が随分と必要だ。 プロ棋士として収入があるのだから、理巧ひとりで済ませられるかと思っていたが、そう言う訳にはいかないらしい。未成年の内は、社会的に信用されないものなのだろう。 「どの辺りに住むか決めてるか?今のうちに地域くらいは絞っておいた方がいいだろうな。」 「分かった。考えておく。」 一枚一枚書類を確認しながら、里弓はげんなりと頷いた。 独り暮らしの為の部屋を探すのは、合格発表があってからになる。部屋を吟味する時間的に余裕がない上に、また親を付き合わせなければならない訳だ。 世の中は本当に面倒臭くできている。 「引っ越すの?」 高い声にハッとなって振り返ると、パジャマ姿の成が立っていた。今まで寝ていたとは思えないほど眠気のない顔をしている。完全に目が覚めている顔だ。 「なんで、引っ越すの?里弓兄。」 「大学に通うのに便利だから。」 「ここから通える大学に行くって言ってたよね?違うの?」 青ざめた顔の成がフラフラと近寄ってくる。 来るな―――と、思う。 「行きたい大学が変わった。つーかさ、別にいいだろ。大学変えようが、独り暮らししようが、成に関係ないだろ。」 「なんで、嫌だよ。」 じわじわと成の大きな目に涙が溜まる。予想通りの展開に苛ついた。里弓が口を開くほどに、成を傷つける事になると分かっているから余計に。 「おまえ、うざい。」 「こら、里弓。」 二人を見かねた父が割って入ってくる。このタイミングで話を終わらせようと、里弓は勢いよく立ち上がった。 「とにかく、独り暮らしするのに、成にどうこう言われる筋合いねぇ。稼いでるんだし、独り暮らしくらいさせろや。」 里弓が早口で捲し立てると、成は何か言おうとして悔しそうに口を告ぐんだ。 行かないで。置いて行かないで―――と、成の目が必死に訴えていたけれど、里弓は見なかった事にして目を逸らしたのだった。

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