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【桂】第18話 八と十五
その日、柳小路本家にはたくさんの人が集まっていた。何の行事か覚えていないが、おそらく法事があったのだろう。集まった大人が皆、黒い服を着ていたと記憶にある。
八歳の成はというと、シャツにジャケットを羽織った堅苦しい服を着せられ、広間の端でじっと座っていた。
「成は将棋できるか?」
頭上から声が落ちてきた。
遠かった周囲の音が急に聞こえてくる。成が顔を上げると、そこには従兄の里弓が立っていた。
「えっ、あ、知らない、です。」
「何だよ。敬語とかいらないって。そっか、知らないのか。―――じゃあ、教えてやるよ。」
「え?」
成は驚いて目を見張った。
「暇だろ?別のところでしよう。」
里弓が言いながら、部屋の外を指差す。指差した反対の手には、将棋の道具らしい荷物を持っていると気付いた。
そういえば、伯父は―――里弓の父はプロ棋士だ。
返事に窮する成を気にする事なく、里弓は広間を出ていく。両親が忙しそうにしているのを横目で確認して、里弓の背中を追いかけた。
「ここでいいか。」
里弓が選んだ場所は、日向ぼっこに最適な明るい縁側だった。光の中へ入ると少し眩しい。
里弓は床へ直に座ると、手に持っていた荷物を広げた。やはり将棋の盤と駒だ。
「成、駒の動かし方、知ってるか?」
「ごめんなさい。」
「おい、謝る事じゃないだろ。知らないなら教えるって。」
カラリと笑う里弓に、成は頷き返すと向かいに正座した。たくさんの駒や網目の盤上が難しそうに見えて、かなり気後れする。
今からでも止めておいた方が良いのではないかと思ったが、何も言えず。成は見慣れぬ盤を見下ろしながら、里弓の声を聞いた。
「将棋は王様を取るゲームだ。駒には各々動ける場所があって、そうだな―――じゃあ、まずは『歩』と『金』と『銀』だけ覚えるか。あ、そうだ。この漢字、読めるか?」
盤上へ三つの駒だけを並べて里弓が問う。三つだけなら成にも覚えられそうだ。
「うん。わかる。」
「よし。この『歩』は前にひとつだけ動ける。横、後ろ、斜めは行けない。」
里弓が『歩』を前に動かして見せると、次に『金』を指で摘まむ。
「『金』は前と斜め前、それと後ろにひとつ。斜め後ろは行けない。『銀』は前と斜め前、後ろへひとつ。真後ろは行けない。例えば―――」
実際に二組の三つの駒を操り、動かしたり、取ったりと対戦させてみせる。
―――面白い、かも。
将棋に対して、むくりと興味が湧いた。三つの駒でもこんなに色々な攻め方があるのだ。全部の駒を操ったら、いったいどんな世界になるのか。目の前が開ける予感にわくわくした。
「どうだ分かるか?」
「うん、覚えた。」
成が力強く頷くと、里弓が驚いて目を見張った後に、破顔して笑った。
「すごいな。成は頭がいい。」
里弓が嬉しそうに言いながら、ヨシヨシと成の頭を撫でる。
頭がいい―――など、初めて言われたかもしれない。頬に熱が籠る。嬉しくて恥ずかしくて、どうしていいか分からなくなった。
「強くなるかもしれないな。」
里弓にそう言われて、成は自分が生まれ変わったように感じた。
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