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ねこになりたくない/リーマン×擬人化猫耳
■隹が拾った黒猫は普通の猫ではなかった。
「あ、あ、あ……」
「ゆうべより熱い」
「にゃ……っぅ……」
「ゆうべよりもっと鳴いたらご褒美やるよ、たい焼き二つ、頭も尻尾も食べさせてやる」
「いらな……っにゃぁ……っ」
「俺以外の誰かと交尾したら一生檻暮らしだと思え」
隹が拾った黒猫は普通の猫ではなかった。
「嘘だろ」
残業帰りだった。
目の前でバイクに跳ねられ、動物病院に連れて行っても最早手の施しようがないのは一目で明らかだった小さな命を自宅マンションに持ち帰って。
「式」
いつ息絶えてもおかしくない瀕死の猫に名前をつけた。
バスタオルで包み込み、缶ビール片手に、ずっと懐に抱き続けた。
「死に際にひとりぼっちは淋しいだろ」
看取るつもりで黒猫を拾った隹であったが。
確かに彼の腕の中で黒猫は一度死を迎えたのだが。
猫又の血を引いていた黒猫はすぐに息を吹き返した。
人の姿になって。
「嘘だろ」
まさかの展開に隹が呆気にとられていたらバスタオルにすっぽり包まった黒猫耳の式は。
「痛ッ」
恩知らずさながらに隹の頬を引っ掻いたのだった。
動物は別に好きでも嫌いでもなかった。
目の前であんなことが起こって、放っておくことができなかった、それだけの話だ。
せめて看取って弔ってやれたら。
「何もわからない。何もおぼえてない」
それがまさか人に化けるなんて誰が想像できた。
しかも無愛想。
ずっと俺を睨んでやがる、部屋の隅っこにわざわざ縮こまって、変質者扱いか。
式の見た目は青少年、華奢な骨組みをしていた。
身長180センチ近くある隹の黒シャツはてんでサイズが合っていない、ぶかぶかだ。
ノーパンでいさせるのは酷なので下にはお古のボクサーパンツ、あんまりにもぶかぶかですぐ脱げてしまうのでズボンは履かせていない。
切れ長な目が綺麗だ。
敵意に漲っていなければもっと魅力的に見えそうな……。
「じろじろ見るな」
コイツ、いかがわしいハッテンバにでも捨ててくるか。
記憶喪失らしい黒猫耳を生やした猫又をいかがわしいハッテンバに捨てるのはさすがに忍びなくリビングのソファに放置して明日の朝も早いため就寝しようとしたリーマンの隹だったが。
ドア越しに聞こえてくる苦しげな声に邪魔をされ、後一歩のところで捕まえられそうだった睡魔を取り逃がした。
「こわい、こわい……」
リビングを覗いてみれば薄闇の中で悪夢に弄ばれている式を見つけた。
「いたい……」
ソファの傍らに跪いた隹は眠りながら泣いている式の頭をゆっくり撫でた。
クッションを抱きしめて一度自分を捕らえた「死」にひどく怯えている猫又を欠伸まじりに慰めた。
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