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ヴァンパイアはあなた-12
「お前がいい」
式は切れ長な双眸を丸くさせた。
隹は次第に近づいてくる両親の呼び声に焦るでもなく、相変わらず不敵な笑みで口元を飾ったまま小さな彼へ腕を伸ばした。
心の底からほっとするような柔らかな温もりをいとも容易く抱き上げた。
驚いたが、特に暴れる様子もなく、両親の抱擁とは違う触れ方に式は小首を傾げた。
「どうして、だっこ?」
「嫌か?」
「ううん、だっこ、好き」
「案外甘えたなんだな、お前」
「ん。くすぐったい。なにしてるの?」
「しーー」
「あ……痛い」
「しーー。後ちょっとだけ、な」
耳のすぐそばで話しかけられて、首筋に浅く咬みつかれて、隹の両腕の中で式はぎゅっと目を瞑った。
「痛い」
「もうちょっと、な」
この人、やっぱり、吸血鬼だったんだ。
痛いけど、こわくない。
咬まれて、血を吸われてるけど、いやじゃない。
吸血鬼なのに、もっと、隹といっしょにいたい……。
「か……咬むな、嫌だ、いたくない、絶対一緒になんかいたくない、離せ、この自己中クソ吸血鬼……っ」
式は慌てて顔を逸らした。
咄嗟に片手で首筋を庇ってこれ以上血を奪われないよう牽制した。
「……え……?」
咬み痕どころか流れ出る血の感触さえなくて式は拍子抜けした。
「俺はまだ咬んでいないぞ」
毛布に包まった自分を抱き抱えている隹をまじまじと見、懐かしい森の中ではなく、捕らわれの身となっている城の一室であることに眉根を寄せた。
「夢だったのか」
「自己中クソ吸血鬼っていうのは俺のことか」
式は隹を睨め上げた。
「夢の中で俺に咬まれたか、お前」
「……離せ、自己中クソ吸血鬼」
「夢の中の俺が羨ましい」
絶望の奈落から戻ってきた式はいつになく聞き慣れない隹の声色に……赤面した。
俺の両親を殺めた吸血鬼は阿羅々木だった。
俺のせいで大好きだった二人は死んだ。
もう誰にもあんな思いはさせない。
一人でも多くの人間の盾になって戦いたい。
そう思うのに。
「俺を仕留めるまで俺からは離れられないぞ」
一人の吸血鬼に捕らわれて離れられないでいる。
終末じみたこの世界で体どころか心まで鋭い牙に引き裂かれかけている。
「当たり前だ、お前の最期を見届けるのは誰でもないこの俺だ、貴様の魂は死神にしか譲らない」
「ふ。誓いの言葉みたいだな」
「は?」
「死が俺とお前を分かつまで共にいてくれる、そういう意味だろ」
「ち、ちがう」
「違わねぇよ」
今宵も青水晶の目をした吸血鬼の口づけに捕虜はどこまでも堕落する。
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