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ヴァンパイアはあなた-11
「馬鹿な奴だ」
隹は笑う。
阿羅々木の寝台でひっそり朽ちかけていた式を抱き抱えて自分の部屋まで運び、毛布に包んで戯れに抱いていた。
「子守唄でも歌ってやろうか」
剥き出しの床に座り込み、屈強な身に羽織ったミリタリージャケット、紐ブーツもそのままに眠れる捕虜に話しかけた。
「それとも犯してやろうか」
瞬きさえ忘れ去ったかのような伏し目がちの切れ長な双眸を見つめながら。
「そうすりゃあ飛び起きて俺のことを罵るんじゃないのか、お前」
「式、そろそろ起きましょう?」
貪欲な暗闇の縁で膝を抱いていた式は虚ろに瞬きした。
ごめんなさい、おかあさん。
ぼくが森へ行ったから、おかあさんも、おとうさんも。
「ごめんなさい」
「やっぱり貴方の指には大きいわね」
式はちょっとだけ顔を上げた。
自分の小さな指には少しサイズの大きい指輪が引っ掛かっていた。
「汚ねぇ指輪だな」
冷えた指を無造作に手に取った隹は式の指輪を間近に眺めた。
長い年月を経て薄れてはいるが優れた嗅覚は血の匂いを容易く掬い上げた。
以前、無遠慮に味見した式の血とよく似た香り。
過去の惨劇に赤黒く鈍く輝く指輪に隹は軽いキスを落とした。
「いつまで怖い夢に捕まってるつもりだ」
お前らしくもない。
式は顔を上げた。
たった今まで暗闇に満たされていたはずの世界がガラリと変貌を遂げていて、何度も瞬きし、ゆっくり立ち上がった。
そこは深い森だった。
白昼でありながら幾重にも折り重なった枝葉が日差しをやんわり拒んでいる。
どこからともなく聞こえてくる鳥の囀り。
小動物でもいるのか、姿は見えず、僅かな音を立てて揺れる茂み。
あ、そうだった。
おかあさんの具合が悪いから薬草をとりにきたんだ。
だけどここは村のみんなも寄りつかない聖域だから、急がないと、おとうさんに気づかれたら怒られる、約束していた新しい本をもらえなくなる。
小さな式は自分の身長よりも高く生い茂る草木を掻き分けて薬草を探し始めた。
とても静かだ。
聖域と言われるだけあって、清らかで、空気が澄んでいる。
そんな清々しい静寂を嬲るように不意に放たれた声。
「こんな森の奥深くで間抜けに落とし物でもしたか」
式は憤慨して振り返った。
いつの間に真後ろに立っていた不作法な彼を切れ長な目で睨み上げた。
「落とし物なんかしてない、薬草、探しにきたんだ」
「へぇ」
「いきなり挨拶もしないで話しかけてきて、間抜けだなんて、失礼だ」
小さな式に注意されて彼は青水晶の目を愉快そうに細めた。
「家族の誰かが病気なのか?」
「うん、おかあさん」
「美人か?」
やっぱり失礼な奴だと、式はむっとした、ミリタリージャケットのポケットに両手を突っ込んで不敵な眼差しを惜しみなく放つ彼に今一度注意しようとした。
少し遠くから自分を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。
次いで父親の呼び声もし、ああ、新しい本をもらえるのがこれで先延ばしになったと、肩を落とした。
「母親と父親か」
彼は青水晶の眼を半開きにし、鬱蒼と連なる草木の向こう側で必死になってこどもを探す母親の姿を一先ず視界に捉え、肩を竦めた。
「タイプじゃねぇな」
「え?」
セピア色の髪を靡かせて無防備に自分を見上げてきた式を今一度見下ろした……。
「いつまで怖い夢に捕まってるつもりだ」
俺を殺すんだろう、式。
「絶望の一欠片くれてやった程度で満足するな」
隹は虚空にばかり視線を預けて何の反応もしない骸じみた式を抱きしめた。
まるで恋人にするように頬にキスを。
額にも。
そして首筋に。
「咬んじまうぞ、式」
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