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ヴァンパイアはあなた-10

「式、そろそろ起きましょう? 今日はとってもいい天気よ」 おかあさん? 「夜遅くまで本を読むのは駄目だと言っただろう、式」 おとうさん? 「貴方がくれた新しい本にとても夢中になって、昨日はおやつも食べないで熱心に読んでいたの」 「それじゃあまた次の本を用意しないとな。どんな話がいいだろう」 二人とも、そこにいる、笑ってる、ぼくを見てる。 そうか。 ぜんぶ夢だったんだ。 悪い夢。 長い夢。 今日から、また、前と変わらない日々が続いて………… 「この指輪をお前に返そう、式」 式は目を見開かせた。 鮮血に染まった自分の小さな両手。 大好きだった両親の欠片を浴びて爪の先まで赤く染まっていた。 「阿羅々木……?」 阿羅々木の部屋で背中から彼に抱きしめられた式は一人途方に暮れた。 「……俺は、お前だけは他の吸血鬼とは違うと、人間を踏み躙ったりしないと、」 「嫌か、式」 問われて、顔の下半分を覆う黒布越しに長躯の吸血鬼に口づけられた瞬間。 『怖い夢に捕まって怯えるなんてガキみたいだな』 式は密かに混乱した。 寝台にゆっくり仰向けにされて、ロングコートのみ脱いだ阿羅々木が真上に迫り、肌を曝されていく間、ずっと心の中で焦燥していた。 『いっそのことお前も吸血鬼になるか』 ふとした瞬間、この世界で一番憎たらしい吸血鬼の唇や指の感触がまざまざと蘇って混乱と焦燥を煽った。 苛立たしい台詞の数々まで。 不敵な青水晶が放つ鋭い眼差しや、獣めいた息遣い、胎内に刻みつけられた絶頂の痙攣、我が身を凌駕していったはずの毒牙が肌身に呼び起された。 なんだこれは。 どうして。 「式」 『抱き直してやる、式』 阿羅々木の呼号まで鼓膜上ですり替えられて、ありえない事態に怯えた式は今目の前に迫る吸血鬼を見上げた。 これまで隠されていた口元に視線がぶつかり、式は、初めてまともに目の当たりにした彼の素顔に釘づけになった。 「阿羅々木、お前、」 直に口づけられた。 両足の間に割って入ってきた長躯がしなやかな裸身に影を落とし、律動が緩やかに開始されると、一つになったシルエットはもどかしげに幾度となく揺らめいた。 胸が不穏にざわつく。 頭痛が始まる。 窒息寸前の息苦しさに心臓が戦慄する。 こんなの、おかしくなる。 何に縋ったらいい……母さん……父さん……。 『ちゃんと達してみろよ』 嫌だ、誰があいつの残像に縋るもんか。 あんなクソ吸血鬼。 いつか俺が殺す相手なんかに。 「……阿羅々木……」 「式」 「ずっと、この城に来てから変なんだ……ずっと……苦しくて……俺は……」 「すぐ楽にしてやる」 しがみついてきた式を抱きしめて阿羅々木は心から誓った。 「この指輪をお前に返そう、式」 救いを求めた吸血鬼は両親を殺した相手だった。 愛した人達の血が未だこびりついていた指輪を返上されて、式は、絶望の奈落へ突き落された。 無情な現実を受け入れられずに心は凍りついた。 全てを拒んで眠りに落ちた。

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