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ねこになりたくない-6

「しゅっちょう?」 働く身であるリーマンの隹が二泊三日の出張旅行へ行くことになった。 「しゅっちょう、しってる。前のおうちで、おとうさん、行ってた」 春先、買ってもらったばかりの新品パーカーを着てモコモコ靴下を履き、ホットミルクをちびちび飲んでいる式に隹は問いかけた。 「ちゃんと留守番できるよな、式?」 黒シャツにシンプルなフリースを羽織ってコーヒーを飲んでいた、完全小ばかにしている顔つきの隹に式はむっとした。 「できる。ばかにするな」 「夜中にひとりっきりで淋しくなってミャーミャー鳴いたりしないか?」 「しないっ、おれ、こねこじゃないっ」 かくして隹は式に留守を任せてボストンバッグ片手に地方出張へ出かけて行った。 日を跨ぐ長いお留守番は式にとって初めてだった。 普段から、隹が会社に行っている間は教えられた通り掃除洗濯もこなしていたし、ごはんは近所のコンビニで事足りたし、ぽかぽか暖かな昼下がりの窓辺で猫の姿になってお昼寝していつも通りの一日を過ごしていたが。 夕方から夜へ、夜から深夜へ、いつまで経っても隹が帰ってこないことを痛感するとその顔色はみるみる曇り出した。 残業や飲み会で遅くなることはあった。 しかし必ず隹は帰ってきた。 それまで玄関で待ち構えていたくせに気配を察するとリビングへさっと戻り、ソファで狸寝入りしていた式に「ただいま」と声をかけて頭を撫でてくれた。 もしかしたら、隹、かえってくるかも。 しゅっちょう、しっぱいして、早くかえってくるかも。 気もそぞろに隹の言いつけ通りお風呂に入った式はリビングではなく玄関へ、残業や飲み会で帰りが遅くなる時と同様に体育座りしてドアノブをじっと見つめた。 春先とはいえ夜は冷える。 熱いシャワーを浴びて暖まっていた体がどんどん冷めていく。 それでも式は待ち続けた。 当然、その日、隹は帰らなかった。 「ぅにゃ」 やっぱり、隹、かえってこなかった。 明日、かえってくる、言ってた。 今日もかえってこない? おれ、今日も、ひとりぼっち? 「にゃ……」 おなかはへっているけど食べる気になれず、ホットミルクだけちびちび、だけどそれすら飲みきれずに残した。 隹が出張へ出かけているため二日目は特に掃除洗濯する必要もなく、式は力なく窓辺に横たわって一日をぼんやり過ごした。 前は、おとうさんが出張でも、みんな、おうちにいた。 ひとりぼっちじゃなかった。 あのこのところに行こうかな。 ちょっとだけ。 でも、もしもその間に隹がかえってきたら、さみしがるかな? 日が落ちて窓の外に満ち始めた夜。 ずっっっと一日中ぼんやり寝そべっていた式はむくりと起き上がった。 カーテンも閉めずに明かりをつけ、甘いパンを半分だけ食べて、ホットミルクを半分だけちびちび、それで晩ごはんをのろのろ終えるとリビングをのろのろ後にした。 向かった先は隹の部屋だった。 新品のパーカーを脱ぐと、ここ最近隹がルームウェアとして着回していた黒シャツを着て、明かりも点けずにベッドにごろんと横になった。 拾われた当初、自分が着せられていた黒シャツ。 やっぱりぶかぶかで、大きくて、隹の匂いがした。 「隹……隹……」 今日も、隹、かえってこない。 おれ、ひとりぼっち。 明日も、かえってこなかったら、ずっと、かえってこなかったら、どうしよう。 「うみゃ……」 服と同様、隹の匂いがする毛布をぎゅっと掻き抱いて式は誰もいない真夜中にひっそり鳴いた。 「式」 あれ。 隹、かえってきた? かえるの、明日じゃなかった? これ、夢? うん、夢だ。 「最終にギリギリ間に合った」 大きな掌に黒猫耳ごと髪の毛を撫でられて式はごろごろ喉を鳴らした。 「ただいま」 夢なら、いっか。 普段は強がって素直になれない猫又はスーツ姿の隹に擦り寄った。 寝惚けて、夢の中だと思い込んで、思いっきり甘えた。 「隹……かえってこないの、こわかった……かえってきてくれたの、うれしい……ひとりぼっち、やだ……」 夜更けに逆巻いていた春の風の薫るスーツに頬擦りし、黒猫耳をパタパタさせてきもちよさそうに目を瞑った。 「おかえりなさい、隹……」

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