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Only one/刑事×青年

■死んだはずの人間がそこにいた。 「もう耐えられない」 女は死んだはずだった。 「俺の顔に見覚えが?」 ああ、知らなかった。 彼女に片割れがいただなんて ■残酷描写あり 死んだはずの人間がそこにいた。 彼女は人を殺し、その犯行日に警察署に自首してきた心根の優しい正直な女だった。 セピア色の髪が綺麗で肌は白かった。 どこか厭世的な影を纏った、あまり笑わない静かな女だった。 階段を上って署に戻ろうとしていた俺に彼女は声をかけてきた。 あんた、ここの人? 疲れた眼差しがこちらを見上げていた。 出入り口付近で巡査達が下らない話をしながらコーヒーを飲んでいて、こちらを気にする素振りはなく、俺は彼女の肩を抱いて路地裏へ移動した。 彼女は翼に怪我をした鳥みたいに何の抵抗もしなかった。 配水管などが張り巡らされた狭い隙間で俺は彼女と向かい合った。 「お前、人を殺したのか」 「まぁね」 「そうか、そんな顔をしてる」 「ふぅん」 「どうして俺に?」 「え?」 「他にも制服を着た奴らがいただろう?」 「……」 「好みの顔だったか?」 斜め下に視線を縫い付けていた彼女はやっと俺を見た。 切れ長の双眸が見張られていて、薄く色づいた唇が呼吸を束の間忘れていた。 俺はその唇に何となくキスしたくなった。 薄汚れた壁に彼女を押しつけてその衝動を行動に移した。 彼女は驚いて、初めて身を捩じらせて俺から離れようとしたけれど、簡単に封じ込める程度の力だった。 俺は署の前で声をかけてきた彼女に一瞬で魅入られていた。 キスをしながら、俺は、彼女の罪をもみ消してやろうと思った。 それが彼女の罪悪感を倍増しにさせるとしても、俺のために、そばにおくために、絶対にそうしようと決めた。 その結果、精神を病む寸前まで追い詰められた彼女は自分自身を救うために自ら引き鉄を引いた。 己のこめかみに向かって、俺の目の前で。 「もう耐えられない」 それが彼女の最期の言葉だった。 微かな予感がしていた俺は取り乱すことなく二度目のもみ消しにとりかかった。 彼女の四肢を切断し、さらに切断し、一晩中車を走らせて山中にばらばらに埋めた。 一つだけ取り出した眼球は特殊な防腐剤入りの容器に保管した。 女は死んだはずだった。 それなのに彼女と同じ顔をした人間が今、俺の目の前に立っている。 セピア色の髪。 白い肌。 切れ長な双眸。 時も場所も考えず思わず奪いたくなる唇。 お前は俺の目の前で死んだはずだろう? 「俺の顔に見覚えが?」 無音と化していた街中の喧騒が鼓膜に戻ってきた。 車の走行音、クラクション、通行人が立てる足音。 彼女の最期の言葉。 「どこかで俺と同じ顔を見たことが?」 その眼差しは真摯で直向で、ただ、俺だけに注がれていた。 「俺はそいつを探しているんだ。双子の姉なんだ」 ああ、知らなかった。 お前に片割れがいただなんて。 こんなにも愛したくなる存在がまたここに。 「俺の名前は式だ、貴方は……姉を知っているのか?」 世にも甘く物苦しい昂ぶりが深手により流れ出る血液のように腹の底に満ちていくのを感じながら、俺は、口を開いた。
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