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我らに罪をおかすものを我らが赦すごとく/殺し屋×殺人鬼
■雷鳴の轟く夜に男は屋敷へやってきた。
屋敷の主に娶られた直後、無残に死した娘の父親に依頼を受け、その懐にナイフを隠し持って。
「母はまるで咲き誇る花のように美しかった」
まだ若く美しい主は殺し屋の腕の中で寝物語のように過去を語り始めた……
■童話パロ・残酷描写あり・バッドエンド
寝物語を紡ぐように柔らかな声色で彼は語る。
「母はまるで咲き誇る花のように美しかった」
赤々と燃える暖炉の火が天井に吊り下げられたシャンデリアと共に主の部屋を照らす。
「時に狂気に心を蝕まれて泣き叫んでいた姿が嘘のように思えるほど」
猫脚のキャビネット上に飾られた美しい剥製達の、二度と閉じられることのない眼が虚空を一斉に見据えている。
「静謐で……穏やかで……」
外で不穏に轟く雷鳴がどこか遠い出来事のように思えるほど、ここは静かだ。
布張りの長椅子に座った隹は恋人のように自分に寄り添う彼の話にただ耳を傾けた。
「胸に短剣が刺さっていなければ、その、白いドレスを赤い血が染め上げていなければ……とても死んでいるようには見えなかった」
この屋敷の主、まだ瑞々しい若さ溢れる青年の式は招かれざる客人であるはずの隹に身を預けて誰にも明かしたことのない思い出を声にして綴る。
「私は……子供の頃に見た、母のその姿が忘れられず……一人目の妻を迎えたとき、に、思った」
彼女も母のように美しい屍となるだろうか。
細い首を絞めるのはとても簡単だった。
骨の凹凸に両の親指を絡め、他の指は薄い皮膚に加減なしの力を込めて食い込ませ、呼吸を封じる。
か弱い手は必死の抵抗を試みて肌を傷つけたが気にもならなかった。
白を基調とした調度品が並ぶ寝室にて、飾り布が施された天蓋つきの寝台の上、もがく体に馬乗りとなり、ただ息を止めることだけに集中する。
やがてその時は訪れた。
式の夢想を手折る、無情な一瞬だった。
「彼女は……とても醜かった……」
可憐だった双眸はぐるりと白目を剥き、微笑がよく似合った唇はだらしなく開かれて舌を覗かせ、粘ついた唾液を溢れさせていて。
妻はただの肉塊と成り果てていた。
道端で死んでいる動物と変わりない、それは、ただの死骸に過ぎなかった。
古くから仕えている給仕達に処理を頼み、やりきれない失意の中、長い爪による手首の傷口を式はそっと舐めた。
やり方を間違えたのかもしれない。
母は短剣によって美しい屍へと羽化を遂げた。
やはり短剣を使わなければならなかったのかもしれない。
二度目の妻は短剣で刺し殺した。
鋭い切っ先を豊満な胸の中心目掛けて振り下ろし、血肉を断ち、寝台に磔にした。
だがしかし彼女もただの醜い肉塊へと退化しただけだった。
どす黒い血に塗れ、見開かれた双眸は獣の剥製よりも淀んで濁り、五指は鈎型に曲がって、まるで煉獄の責め苦でも与えられたかのような様となっていた。
どうして、何故、皆、母のように美しく安らかに死んでくれない。
三人目の妻も同様の結果となり、失望した式は、屋敷の裏手にある母の墓所に花を捧げて独り項垂れた。
ああ、我が母よ……やっとわかりました。
どうして皆が醜く死んでいくのか。
それは皆が私を愛していなかったから。
財産に惹かれて仮初の愛を真心と謳い屋敷にやってきた女達だったから。
「でも……それは、私の間違い、だった」
「間違い?」
「ああ……愛していなかったのは、私の方……殺すために妻を娶った、愛し方を知らぬ、愚かな夫……」
式は咳き込んだ。
血が、さらに下顎を濡らした。
そして男はやってきた。
嵐の夜、一晩の雨宿りと偽って客人に成りすまし堅牢なる屋敷を訪れた。
追い返そうとする給仕達をやんわりと宥めて主の式は男を中へと招いた。
玄関ホールから赤い絨毯に敷き詰められた階段を上り、稲光が時に窓越しに射し込む冷ややかな通路を歩み、しばらく使用されることのなかった客間へと案内した。
給仕に暖炉の火を入れさせて、暖かい食べ物と服を用意するよう伝えたが、男は首を左右に振ってそれを断った。
式は然して気にもせずに己の部屋へと戻った。
一時間も経たぬ内に男は主の部屋へとやってきた。
先ほどまではしなかった、嗅ぎ慣れた匂いが月と同じ色をした髪を未だ濡らす男の利き手から薫っていた。
鮮血を纏う、給仕達の命を速やかに仕留めたナイフが、その手に握られていた。
「二人目の花嫁の父親に雇われた」
そう呟いて、木彫りの繊細な飾り細工がされた、重厚なる扉を開いていた式にすっと身を寄せた。
鋭い刃先がシャツを裂いて腹部にめり込んだ。
「あ……」
男は片手で自分よりも華奢な肩を掴み、ナイフの柄を持つ利き手を無情にも皮膚の奥へと進めた。
「……っ、は……」
焼けるような痛みに貫かれる。
式は正面の男にもたれた。
逞しい肩にしがみついて喉奥から切れ切れに吐息を洩らした。
「あ……っ」
ナイフの刃が全て体内に埋められた。
式はぎこちない仕草でゆっくりと顔を上げ、すぐ目前にある殺し屋の顔を初めてまともに見た。
ナイフ同様に鋭い青水晶の眼と霞みゆく切れ長な双眸が出逢った。
「母を殺したのは……父だった……」
自分にしがみつく式にナイフを突き刺したまま、そのしなやかな身を支えて長椅子へと移動し、隹は彼の告白を聞いていた。
「哀れな母に請われて父は……そして父も自ら……」
「ああ」
「母は救われたから……きっと……あんなにも、安らか、に」
式の双眸から涙が伝い落ちた。
隹は嵌めていた黒の革手袋を、口を使って外し、その涙を指で拭ってやった。
「……」
白いシャツに徐々に広がりゆく鮮血。
息を荒げ始めた式。
式からナイフを引き抜いた隹。
途端に増した出血。
深紅にあっという間に犯された白。
「あ……あ……」
一瞬だけ目を見開かせた式は血に彩られた唇を何度か開閉させ、消えゆく鼓動の音色をどこか遠くで聞きながら隹を見つめた。
「今……満足して、る……」
式は微笑んだ。
隹の頬に触れようと手を伸ばす。
その手は永遠に隹には届かなかった。
『おいで』
月と同じ色をした長い髪を風に靡かせて、水晶色の双眸に青天の光を反射してさらなる眩い光を煌めかせながら、彼女は両腕を広げた。
覚束ない足取りで薫風の舞う草原を歩み、まだ幼い両腕を精一杯伸ばしてやってきた我が子を愛おしげに抱きしめる。
甘い香りのする小さな体を抱き上げて祖国の歌を口ずさみ、草花がささめく草原の真ん中で彼女は微笑んだ。
『隹、貴方はいつ恋を知るのかしら』
我が母よ。
死者に恋をした俺は愚かな男だろうか。
そう思いながら、隹は、美しい深紅色の屍に口づけた。
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