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アンチ・リビングデッド・アンデッド・キラー-3
「今、貴方なんて言いました、隹……?」
この世の終わりじみた世界の片隅で神父の式はさらなる衝撃に見舞われる羽目に。
「私の聞き間違いでしょうか……?」
重装備で身を固めた黒ずくめの元傭兵、隹。
瓦礫だらけの表通りに常に蔓延る死臭を払い除けるかの如く、鋭く澄んだ青水晶の眼。
いかなる不意討ちの襲撃にも俊敏に反応してゾンビを仕留める。
これまでの戦闘経験で培った五感とスキルをフルに駆使して、それは鮮やかに、速やかに。
そんな隹は割れたショーウィンドウの前で立ち尽くす式に平然と繰り返す。
「俺は十九歳だ、神父」
……神よ、お赦し下さい。
……知らなかったとはいえ、同性であることも大罪に値するというのに、未成年と体の繋がりを持ってしまった私を罰して下さい。
「そんなところで立ち止まらないで、神父様?」
「日暮れまでまだ時間はあるが。死の大行進は白昼にも起こりうる。常時即決力と敏捷性が問われるのだ」
前を進んでいた、隹と同様の出で立ちをしたセラと繭亡の兄妹に言われて二十七歳の式は我に返った。
慌てたところを瓦礫に足元を掬われる。
よろけたスリムな体は隣にいた隹に抱き止められた。
「何も不安がる必要はない、俺がいるからな」
どこからともなく聞こえてくる悲鳴や小刻みな銃声、不穏な音色をものともしない鋭い眼差しを浴びて、式は……赤面する。
「干乾びかけた奴等なんざどうってことない。俺が守ってやる。安心しろ」
だが、しかし。
実際、守られたのは。
「ウソでしょ、神父様……!」
男臭い野郎だらけの環境で育ってきたせいか、ストイックな雰囲気で切れ長な双眸がそこはかとなく悩ましい、優しい式に想いを寄せていたセラは涙を溢れさせた。
「まさか、そんな」
セラの兄の繭亡は一つに結われた長めの赤髪を翻させて愕然としていた。
隹は。
禍々しいほどに色づいた夕焼けへ立ち上る黒煙を言葉もなしにただ見ていた。
『私が囮になります、皆さんは外へ……!』
幼い頃に病で死した母の形見であるロザリオをどうしても取りに行きたいと神父は願った。
我儘など滅多に口にしない式の欲求を叶えるため、隹は、昔から行動を共にしているセラと繭亡を連れ立って郊外の別荘から街へ向かった。
辿り着いた石造りの教会。
生者を嗅ぎつけたゾンビの群れに囲まれた。
『これは全て私のせい。貴方がたを巻き込むわけにはいきません』
古い教会の地下にはむやみやたらに出歩かない亡者が安らかに眠るカタコンベがあった。
『私も後を追いますから、さぁ、早く!』
プラスチック爆弾を一つ譲り受けた神父はそう約束し、教会になだれ込んできたゾンビの群れを背景に、頼りない細腕で三人を……地下の墓所へ突き落した。
彼らを助けるために必死で絞り出した、正に火事場の馬鹿力、だった。
出入り口は板で塞がれ、僅かに吹く風を頼りにカタコンベから外へ三人が脱した矢先に。
爆音と共に教会は火に包まれた。
「嫌よ、そんな……」
セラの泣き声が灰を散らす風に溶けていく。
繭亡は無念そうに首を左右に振る。
いつまでも無言で燃え盛る教会を見つめ続ける隹……。
「危ないところでした」
いつになく大きく見開かれた青水晶。
「え、神父様!?」
驚きと再会の喜びに満ちたセラの呼号がマトモな通行人のいない街角に響き渡った。
「そんなところから、まさか別に抜け道が?」
マンホールの鉄蓋をぶるつく両腕で持ち上げて地上へ顔を出そうとしている神父に繭亡は直ちに駆け寄った。
「ええ、その通りです、ごほごほっ」
サイズの合わないシャツの端を焦げつかせ、頬には煤、軽い火傷を負った神父は繭亡の助けを借りて暗い縦孔から脱した。
抱きついてきたセラに微笑する。
惜し気もなく降り注ぐ夕日にセピア色の髪を艶めかせて、まるで何事もなかったかのように、静かに。
相も変わらず隹はただ黙って見ていた。
真っ直ぐな視線に気づいた式が自然な微笑をほんの少し崩して、ぎこちなく顔を逸らしても、ずっと。
冷静沈着な繭亡は泣きじゃくる妹に微苦笑して暮れゆく空を仰いだ。
「爆音に反応したゾンビが集まり出す前に。早く戻ろう。久し振りにビールを飲んで神父様の生還を祝いたい気分だ」
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