45 / 198
劇毒物系彼氏-3
『俺を殺すまで俺のそばにいろ、式』
「そう言っておきながら、あいつ」
ホーンテッドハウスさながらに断崖絶壁に佇む迫力満点なる屋敷。
物憂げな曇り空の日が差す上階の出窓から昏い海を見つめる青年が一人。
彼の名は式。
切れ長な目をした、どこか厭世的な翳りを引き摺る十九歳の未成年。
とある組織に幼少期から飼い慣らされていた彼は元殺し屋というカルマを背負わされていた。
『パパを殺さないで!!』
一つの出来事をきっかけにして人殺しを放棄した式は組織から逃げ、然る温泉地に身を隠し、大衆向け温泉旅館に二年ばかり従事した。
紅葉が鮮やかに燃え盛る頃に一人の男と出会った。
世にも不敵な眼差しを持った若雄。
『殺し屋式。そうだな?』
若いながらも魑魅魍魎蠢く裏社会に頭角を現しつつあったファミリーのボス、隹に。
式は隹に見初められた。
喰い尽くす勢いで夜通し求められた末、昏々と意識を失っていた間に見知らぬ土地にまで連れ去られて、そして。
「仕留める殺傷圏内にすら入れない」
隹に放置されな現在に至る。
多忙極まりないマフィアのボスは辺鄙なアジトにろくに戻らずに市街地中心部のホテルで寝泊まりしており、式は一ヶ月近く彼の顔を見ていなかった。
ちなみに式がこの地へ連れ去られたのは一ヶ月近く前、だ。
つまり自分を連れ去った張本人にずっと放置されているわけ、だ。
「式、お茶の時間よ、一緒にアフタヌーンティーしましょ」
隹に代わってやたら式に構いたがるのはファミリー幹部の一人、セラだ。
端整な顔立ち、しなやかな体躯の年下男子に堂々と色目を使ってこれでもかとモーションをかけてくる。
「セラ、何回も言ったが、俺は甘いものはあんまり」
「じゃあお酒にする? ブランデー? ウィスキー?」
「俺は未成年だから」
「じゃあコーラ? カルピス? ココア?」
突っ撥ねられてもへこたれない年上女子、色仕掛けで敵を惑わせるのがお手の物、だ。
「セラ、客人は極度の人見知りのようだ、放置しておくのが一番の礼儀だぞ」
セラの兄である繭名は式に冷たかった。
隻眼で美丈夫の彼は拷問担当であり、慇懃無礼に嬉々として相手を虐げるサディスト、そしてどうも隹に気があるようだ。
「大方、目新しい玩具に興味を引かれてついつい持ち帰ってしまったのだろう。しかし所詮、玩具は玩具。すぐに飽きられても仕様のないことだ」
「……」
「式、どこ行くの? お散歩? 私も行く!」
「一人にさせてやれ、セラ、何ならそのまま海の藻屑となってもらっても構わない、客人よ?」
こんなところ嫌いだ。
別に隹なんかどうでもいい。
ここから逃げ出して、またどこか遠くへ旅立って、一人で生きて。
俺に帰る場所なんてどこにもないから……。
『いつでも帰ってきていいからね、式!』
『お前ほど仕事熱心な奴、そうそういないぞ、頼むから明日にでも帰ってこいよ』
素性の知れない自分にとてもよくしてくれた「うのはら旅館」の彼らを思い出して、式は、しょ気た。
崖沿いに広がる野原で膝を抱えて一人海風に嬲られていた青年の元に近づいていく一人の男。
「式。寒いだろう」
ふわりと肩にかけられたコート。
顔を上げれば無表情ながらも自分を真摯に見下ろす彼と目が合い、憂いを含んでいた式の眼差しはほんの少しだけ緩んだ。
「阿羅々木」
長い髪を背に流した長躯の阿羅々木は式の隣にゆっくりと腰を下ろした。
「鳥の巣に注意しろ」
「え?」
「近づけば卵を守る親鳥につっつかれる」
式は……笑った。
めったなことでは表情を和らげない元殺し屋の珍しい笑顔だった。
阿羅々木といると、何だろう、ほっとする。
優しかった旅館の人達とも違う雰囲気を持っていて、人を寄せ付けないようでいて、でも静かに心に寄り添ってくれる。
もしも父や兄がいたら、こういう感じ、だったのだろうか。
「雛鳥が生まれたら見てみたいな」
「ヒナにつっつかれる」
拷問担当である繭名の出番が済めば最後の担当を一任されている処刑人の阿羅々木。
知らずとも己と同等の匂いを無意識の内に嗅ぎ取り、背負う罪深さに同調して、式は処刑人に笑いかけた。
「つっつかれてもいい。それで安心するなら」
そこへ。
まるで猛禽類の翼の如くコートの裾を翻して二人の元を訪れたのは。
「この寒空の下、随分とお熱く語り合ってるようじゃねぇか、式」
隹だ。
久し振りにアジトへ帰還したボスはつい先ほどまで浮かべていた笑顔を殺いで自分を睨んできた式に鋭く笑いかけた。
「この男タラシが」
こんな男、嫌いだ、いつかきっとこの手で。
ともだちにシェアしよう!