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その唇は罪な林檎/?先生×ショタ

■「罪の味。お前も知るか?」 「隹先生と、繭亡先生、恋人なのに、どうして僕にこんなこと、するの?」 「あいつは恋人じゃねぇよ」 「だって、キス、してた」 「あれはお前へのイヤガラセだ」 片翼は守るべきものの絶対なる盾。 片翼は外敵と見做した相手に無慈悲な裁きを下す。 「俺は昔からどうしようもなくひねくれてるんだ、式」 式は見事に固まっていた。 放課後、他の生徒は滅多に立ち寄らない旧館の音楽室前で呼吸すら忘れていた。 「ン……」 細く開かれた扉の向こうで。 美術教師の隹と音楽教師の繭亡がキスしていた。 男同士で、しかも、どうしようもなく濃厚なやつを。 「誰だ」 強張っている式に気付いたのは隹の方だった。 「お前、式か?」 自分に背を向けている繭亡の肩越しに鋭い視線を突きつけられて、多少距離があったにも関わらず、小学四年生の生徒は竦み上がった。 「盗み見してんじゃねぇよ」 不敵な笑みが胸に突き刺さり、式は、やっとその場から走り去ることができた……。 「式、昨日のことは誰にも言わないように」 かつて品行方正を謳っていた歴史ある学び舎は旧館として置き去りにされ、今は名のある建築家によって設計されたモダンな新校舎が本棟となっている小中高一貫の私立学園。 デザイン豊富な制服をそれぞれ着用して登校する生徒達。 睡眠不足による頭痛を持て余しつつ登校して教室へ到着する前に式は繭亡に呼び止められた。 「驚かせて悪かったね」 隙のないスリーピース・スーツを着こなした、学園で一番人気のある容姿端麗な繭亡先生に微笑みかけられて、式は無言で頷いた。 「だけどどうして旧館に? そもそも生徒は立ち入り禁止なんだが」 校舎の片隅で俯きがちに無言でい続ける式に繭亡は特に微笑も崩さず肩を竦めてみせた。 「そうだな。お互い、昨日のことは忘れよう」 「発想したまえ、諸君」 わざとらしく気取った口上で二時間目の授業を開始した隹先生。 卓上のリンゴを自由にスケッチしろと言われた生徒ら、首を傾げる者もいれば迷いなく書き出す者、友達同士でおしゃべりしながらおざなりに線を連ねる者もいたり。 ダークカラーのワイシャツを腕捲りした美術教師は片手に持ったリンゴを齧りつつ木材ベースの図工室を闊歩する。 好かれているか、嫌われているか、無関心でいる生徒はいない、そんな癖のある教師は病欠以外で欠けている生徒に気が付いた。 その頃、初めて授業をサボタージュした式は旧館の音楽室で重たげなため息をついた。 色褪せたカーテンに閉ざされた室内。 草木の生い茂る裏庭から午前中の眩しい日差しと囀るヒヨドリの鳴き声がひんやりとした静寂にか細く届く。 最近、式はあることが原因で寝つきが悪かった。 下校時、一ヶ月ほど前から一定の距離をおいて自分に付き纏うストーカーの存在に悩まされていた。 半月前からだろうか。 この音楽室で時間を潰して下校時刻を毎日不規則に変えるようにした。 おしゃべりなクラスメートが居座る教室よりも落ち着くことができた。 机やイスはなく、古ぼけたグランドピアノが一台、壁際に木造の長椅子が一脚、そこに横になって束の間の午睡につくこともできた。 昨日、これまでの不安とはまた別の新たな衝撃で式は一段と眠れない夜を過ごした。 臙脂のネクタイにネイビーのセーター、チェック柄の膝丈ズボンにハイソックス、ローファーを履いたまま長椅子で縮こまる。 ふと、沈殿する冷気に色づいた唇を辿った指先。 壊れかけの振り子じみた動きでぎこちなく左右に行き来する。 何度目かもわからないため息が零れ落ちた、次の瞬間。 「やっぱりここにいたか」 長椅子で縮こまっていた式は飛び起きた。 立てつけの悪いドアが開かれたかと思えば顔を覗かせた隹に切れ長な目を見開かせた。 式の驚きなどどこ吹く風でリンゴを齧りながら隹は長椅子の傍らまでやってきた。 「罪の味。お前も知るか?」 昨日のように固まっている生徒にリンゴを差し出した不敵教師。 繭亡のときはそうでもなかったのに。 罪の味に触れていた隹の唇に視線が吸い寄せられて、昨日、ここで交わされていた濃密なキスが記憶に鮮やかに蘇った。 蛇のように蠢いていた彼の舌先が。 「お?」 目の前に差し出されていたリンゴを思いっきり払いのけて一目散に音楽室から走り去った生徒。 床に転がったリンゴを拾い上げて教師は笑う。 「イヴより純潔か」 その日の放課後のことだった。 また隹が来たら、繭亡と秘密の戯れに溺れていたら、そう思うと旧館に足が向かずに式は久し振りに早い時間に下校した。 待ち構えられていた。 一定の距離をおかれながらも自分の後をついてくる存在に式の背中は張り詰めた。 両手で鞄を抱え込んで、大丈夫だと言い聞かせる余裕もなく、うつむきがちに、延々と突き刺さるじっとりした視線に背骨を軋ませて、ただ足早に歩いていた、ら。 いきなり背後から腕を掴まれた。 式に飢える余り、一定の距離をとうとう無に帰したソイツがいつの間に間近に迫り、欲しくて欲しくてやまなかった彼を捕まえた悦びに破顔していた。 反対に式は凍りつく。 のべつ幕なしに語りかけられて、一切意味ある言葉として拾うことができず、受け入れ難い不可解なノイズに鼓膜まで怯えさせた。 異様な雰囲気をさすがに気に止める通行人もいた、しかし急な違和感に一先ず五感は反応するものの判断に迷って二の次を踏んでいる、 カシャッッ 「当校の生徒に何かご用ですか」 恐怖で全身が強張っていた式にその声は届いた。 「申し訳ありませんが写真を撮らせて頂きました、見たところ生徒の知る人間ではないようなので、ご家族や親戚の方ではありませんね、その手、今すぐ離してもらえますか」 図工室の移り香を身に纏った隹は一切手を出さずに教師らしからぬ獰猛な眼差しと淀みない忠告のみでソイツを式から引き剥がした。 「今後またこの生徒に近づくようなことがありましたら、然るべきところにそちらの写真を提出します」 式に接触したことで体中に押し寄せていた興奮に逆上せつつ、ソイツは、携帯を掲げて立ちはだかる美術教師の威圧に気圧されて逃げ去って行った。 「式」 恐怖する余り手足の先から冷たくなりかけていた式はかろうじて顔を上げる。 ただならない雰囲気を人間らしからぬ五感で嗅ぎつけてやってきた隹は笑った。 そこで式の意識は途切れた。

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