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Six/刑事×謎の男

■街に起こった猟奇連続殺人事件。 マスコミは「ブラッドファング事件」と命名して「現代に吸血鬼蘇る」などと騒ぎ立て、一方、刑事の隹はまるで姿の見えない犯人にやり場のない苛立ちを覚えていた。 そして、雨の降る夜、刑事はある男に出会う。 誘拐、猟奇殺人、連続通り魔。 犯人の捕まらない事件は数多く存在する。 霧のように掴めない。 手がかり一つ見つけられずに死力を尽くした捜査は嘲笑われて時だけが過ぎていく。 永い時が。 雨が降り出した。 ホワイトボードを埋め尽くす被害者達の無残な写真を凝視していた隹は窓を叩く雨音に気づき、やっと視線を外した。 デスク上でいつの間に温くなっていたコーヒーを飲み干す。 無用となった紙コップを片手で一瞬にして握り潰し、隅のダストボックスへと放り投げた。 ブースの扉がタイミングよく開かれて、入ってきた人物の黒光りする革靴にぶつかる。 「ああ、悪い」 気のない声で隹が謝る。 彼の同僚である繭亡は紙コップをダストボックスに捨て、首を左右に振った。 「今日はもう帰れ。根詰めると体によくない」 「今更な気遣いだ、繭亡」 二人は殺人課の刑事だった。 隹はこの一ヶ月で七名の少女が犠牲となった連続殺人事件の捜査に行き詰まっており、上司から一日に一度は無能呼ばわりされる日々にあった。 現にマスコミも痛烈な批判を警察に浴びせている。 隹自身、痛くも痒くもない。今までに何度も経験してきた。 ただ、今は亡き犠牲者達を眺めていると自分を殺したくなる瞬間があったりする。 「えらく片付いてるな、お前のデスクは」 繭亡は隹のデスクを見て失笑した。 現在彼が担当となっているブラッドファング事件資料の他に大量の古びたファイルが雑然と積み重ねられている。 唯一、コーヒーを置けるスペースだけがかろうじて確保されていた。 「似たような事件を漁っていたらこのザマだ。お前のデスクもその内借りるかもしれない」 回転イスに深く背中を沈めた隹は手近にあったファイルを次々と取って捲った。 色褪せた写真に茶けた新聞記事。 捕らえるも証拠不十分で野放しとなった容疑者達。 物言わぬ犠牲者の惨たらしい死体。 残忍な犯行手口。 昔も今も変わらない。 影で笑う殺人者が確かにどこかにいる。 ブラッドファング事件。 犠牲者は二十歳に満たぬ十代の美しい少女達。 ビニールシートに入念に包まれた死体は人目につかない場所に放置されていた。 喉を切り裂かれているにも関わらず一見して皮膚に血液は付着していない。 犯人が綺麗に舐め取っており、鋭利な刃物で横一文字に切りつけられた傷口にも唾液が残っていた。 マスコミは「現代に吸血鬼蘇る」などと騒ぎ立ててブラッドファングなどというふざけた名前を作り上げた。 ふざけてやがる。 吸血鬼だったら神父とニンニクで何とかなるじゃないか。 ただの人間だから、ただの刑事が相手をしなきゃならない。 批判はどうだっていいが面白おかしくされるのは不愉快だ。 隹は行きつけの店で一人速やかに食事を終えた。 代金と顔馴染みのウェイトレスへのチップをテーブルに置いて雨の降り頻る通りに出る。 外灯の淡い光に曝される糸のような雨は止む気配がない。 通行人は疎らだ。 路地裏の暗がりから罵声が聞こえたが、いつもの声なので素通りした。 ふと誰かが肩にぶつかった。 目をやる前に詫びられる。 「すみません」 綺麗な顔をした少年だった。 隹と同じく傘を差していない。 しっとりと濡れた髪が頬に張りついていて、血の気のない肌の色を際立たせていた。 鉄にも似た血の匂いらしきものが鼻を掠める。 刑事の勘というものを矢鱈刺激する人物だった。 隹はある程度の距離をおいて彼を尾行することにした。 勘は当然百発百中ではない。 だが当たるときもある。 無駄足でも構わない、もしも未然に何かしらの事件を塞ぐことができるのであれば。 尾行している内に隹は気がついた。 少年もまた尾行していることに。 彼が対象とするのは一人の女だった。 スーツを着用した後姿は細身のシルエット、時折見せる横顔からして年齢は二十代から三十代半ばだろうか。 真紅の傘を差し、ヒールの高い華奢な靴を履いている。 白に近いストレートのブロンドが薄闇に映えていた。 女はどこに立ち寄るでもなく夜の通りを歩き続ける。 次第に人影が減っていき、薄汚れた河川沿いへと抜ける。 隹は足音に気を配った。 ここはブラッドファング事件の犠牲者発見現場の一つに近い。 応援を呼ぶべきか。 それにしても何もかもが怪しくないか? 不審な少年は女を追い、追われる女はこんな時間にこんな場所へ一人で。 まるで罠のような。 しかし誰を何のために陥れる? やっと刑事本来の勘が冴え渡り始めた矢先、隹の視線の先で女と少年の姿が忽然と消えた。 「優秀な刑事さん」 耳元で突然聞こえた女の声。 隹は堰を切ったように振り返り、数メートル先に立つ二人を目の当たりにした。 確かに自分が尾行していた者達だ。 しかしいつの間に自分の背後へと移動したのだろう? それにさっきの声は。 まだ首筋に口紅の香気を伴う息遣いが残っているというのに、もうあんな場所へ? 「ニュースで見た通り、好みだわ。勘もいい方。弟が普通じゃないとすぐに気づいたんだもの」 「そりゃあ、これならわかるだろ」 少年が笑いながら羽織っていたジャケットの前を開いた。 隹は目を見開く。 インナーとして着用していたシャツは鮮血で真っ赤に濡れ、デニムのホックにまで赤い雫が滴っていた。 「ファングか、貴様等」 携帯している銃を抜き、構えた隹の一声に、二人はとてつもなく冷めた笑みを浮かべた。 先ほどまで特に違和感のなかった双眸に赤黒い濁りが満ちていた。 動揺しつつも、隹は同僚に知らせるためスラックスのポケットに突っ込んでいた携帯電話をとろうとした。 隹の目の前で少年の姿がまたも掻き消えた。 次の瞬間、後ろから凄まじい力で羽交い絞めにされ、携帯電話を取り落とした。 押し倒されて地面に強かに頬骨を打ちつける。 「ちょっと、私が先に食べるのよ?」 霞む視界にピンヒールのパンプスが訪れた。 背中に伸しかかる少年の重みは尋常でなく、刑事の中でも体力のある隹ですら彼を振り払えずにいた。 何だ、これは。 突然消えたかと思ったら後ろにいやがる。 どうなっているんだ。 俺はどうなるんだ? 食べるって、何を。 「……誰かいるわ」 踊るような口調だった女の声がふと硬さを帯び、隹は何度も瞬きして落とした拳銃の在り処を探ろうとした。 拳銃を見つけるよりも先に一人に男が視界に入った。 透明のビニール傘を差して点滅する外灯の下に佇んでいる。 長い前髪のせいで表情が見えない。

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