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アイアン・ブライド~鉄の花嫁~/妖魔×従者
■「迎えに来たぞ、式」
とある国の皇子に仕える身の従者、式。
過保護な余り皇子の武者修行にこっそりバレないよう同行し、魔物が巣食う<暁の森>へとやってきた。
そこで。式は出逢った。隹という名の不敵な妖魔に。
「俺の花嫁に相応しい」
は?今、何て言った?
「暁の森へ武者修行!?」
己が仕える皇子の旅先を聞いた第一従者の式は耳を疑った。
「そんな馬鹿な」
「確かに初っ端の修行にしてはヘヴィーだよな!」
「有り得ない……王は何故そのような……」
城の厨房で昼下がりのおやつを食べていたら庭師が「そういえば」と話を始め、式は驚きの余りシュークリームを思わず握り潰した。
作り手の料理人が厳しい眼差しとなっているのにもまるで気づかない様子に、横で紅茶を飲んでいた執事の赤穴 は肩を竦める。
庭師は磨かれたステンレスの台に座って足をぶらぶらさせながら苦笑した。
「暁の森っていえば魔物がうろつく超危険地帯だ。なんてったって外界とこの世の境目だもんな!」
「魔物だけじゃありません……時には妖魔も姿を現すと」
「妖魔が? そりゃいいな、俺も同行してぇ」
「お前は皆の食事を作らねばならぬだろう。そんなに気がかりならばついていくがいい、式」
「赤穴さん……しかし武者修行は代々一人で行うのがしきたりだと聞いています」
「私は王の後をこっそりついていったぞ」
「俺はその後をついていった」
「俺はそんなお前らの後をつけたぞ!」
先輩方の罰当たりな話に普段の式ならば顔を顰めるところだが、最愛の皇子を守るためならば、しきたりを破るのも致し方ないと、早々あっけらかんと腹を括ったのだった……。
暁の森。
別名、墓場。処刑場。あの世、などなど。
人間界と外界の境目でもあり、末恐ろしい姿形をした魔物が行き来する禁断の領域とされている。
魔物よりも知能、戦闘能力がずば抜けて高く、人と同じ外見を持った妖魔が現れる事もあるという。
そんな場所へ皇子は意気揚々と武者修業の旅へ出かけた。
もちろん式もこっそり主の後をついていった。
堅苦しい従者の装束ではなく歩きやすい旅支度で武器も装備し、危険があればすぐにでも皇子を……。
『だがな、式。本当に危険が差し迫った時だけだぞ。これは武者修行だ。皇子のための修行であるのだから易々助けていては為にならん』
執事の忠告を胸に式はストーカーよろしく適度な距離をおいて皇子を巧みに尾行した。
城に仕える前は殺し屋稼業を営んでいたから気配を消す事なんぞ朝飯前だった。
そうして城を出て二日、とうとう暁の森へ到着した。
古代樹が頭上高くまで鬱蒼と生い茂り、太陽の光は容赦なく遮断され、昼でも暗い。
夜になれば深い闇に閉ざされて異形の息遣いがどこからともなく行き交う。
世にも妖しい阿鼻叫喚が夜想曲となって不穏な音色を奏でる、人外境。
初めて暁の森に足を踏み入れた式であったが恐れや迷いは微塵もなかった。
大事な貴方を守るためならば、ゴミ同然の、この……いや、カスにも等しいこの命、捧げてみせます、皇子……。
一方、皇子の方も生まれ持った大らかな性格故か、足を止める事もなく森の中を突き進んでいく。
まだ幼さの残る少年でありながら剣を差し、華奢な背に荷を負い、曇りなき眼で前を見据えていた。
獣の子供に遭遇すると手放しで喜び、さぁ触ろうと手を差し出し、その度に式は剣の柄に手をかけた。
執事・赤穴の忠告を思い出して何とか踏み止まりはしたものの心配で堪らない。
そんな従者の気持ちを知る由もない皇子は子供等と延々と戯れ、それで結構な時間を費やした。
あっという間に日が暮れた。
暁の森により濃い闇が差し始める。
皇子、そろそろ野宿の準備をしなければ……。
やっと獣の子供等を解放した主に式は心の中で必死に囁きかけた。
その時、ふと、風に乗って笑い声のようなものが聞こえてきた。
式の凛とした双眸にさっと懸念が過ぎる。
「何だろう?」
皇子にも聞こえたらしい、彼は臆するどころか声のする方向へ進んでいくではないか。
ああ、駄目です、皇子……とてつもなく嫌な予感がします……お願いですからおみ足をお止めになってください……!
式の願いも空しく皇子は見つけてしまった。
森の懐に不意に現れた崩れかけの遺跡。
その前に群がる異形達……魔物だ。
橙の炎が点々と灯り、照らされる面々は角を生やしていたり目玉がなかったり、目玉だらけだったり、手足が逆だったり、ブヨブヨのネチャネチャの塊だったり……何とも形容し難い群集が思い思いに酒を飲み交わしていた。
しまった。
魔物の酒宴だ。
大木の陰に身を潜めた式は息を呑む。
そして目を見開かせた。
「おい、誰か芸でもしろ。共食いでも構わん」
「嫌よ、汁が飛んで汚いわ、ねぇ繭亡お兄様?」
「確かに。あれは服に着くとなかなか匂いがとれんからな、セラ」
宴の中央には人間が……ではない、妖魔だ。
大型獣の美しい毛皮の上で寛ぐ姿は黒ずくめでたくさんの魔物を周りに侍らせている。
類稀な容姿は確かに人間離れしたものであった。
興味津々といった態度丸出しで宴へ歩み寄る皇子に式の自制心はいよいよ限界を迎える。
これこそ本当に危険の迫った時……!
「皇子、帰りましょう!」
式の一声に皇子、魔物、妖魔の視線が一気に一箇所へ集まった。
「人間の子供に、男だな」
「あら。イイ男じゃない」
「……」
突然の呼びかけにびっくりしている皇子と必死でこの場を離れようとしている式に妖魔の一人が言い放つ。
「宴に水を差したな、人間」
立ち上がり、青水晶の眼を細め、妖魔の隹は命じた。
「去るのは許さん。命が惜しければ留まれ。朝日が昇るまでな」
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