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兄弟偏愛シンドローム/兄×弟

■突然変異。 特別な器官。 男にして妊娠す、る。 「俺とお前のこども、孕め」 高校一年生の式は二つ年上である兄の隹を軽蔑していた。 容姿、多方面における能力が優れている分、不遜、驕りを前面に出す兄の性格が受け入れられなかった。 両親ともに弁護士であり、家を空けることが多い中、隹は頻繁に女を連れてきた。 壁越しに漏れ聞こえてくる嬌声、ベッドの軋み、イヤホンで音楽を聞いて勉強に集中しようとしてもふとした拍子に鼓膜を苛んでは式を煩わせた。 隹のせいで式は女も苦手になった。 どこにいても注目を引く、研ぎ澄まされた感性に見合った精悍な顔立ちの兄とはまた違う、仄暗い魅力を持っていた式。 青みの残る少年期から男へ、順調に成長を遂げていく兄の不敵な輝きが増すにつれて弟の禁欲的で虚ろな煌めきも深みを増して。 兄に比べれば数は劣るが言い寄ってくる者もいた。 式は全てを拒んだ。 異性に限らず、時に同性に告白されることもあったが、自分には戸惑いしかなく、受け入れることなどできなかった。 そんな矢先に。 「……いた、い」 式は下腹部に鈍い痛みを感じるようになっていた。 「は……?」 大学病院の医師から告げられた言葉は式にとって到底信じがたいものだった。 そういう存在がいるとは知っていた。 自分には遠い世界、一生縁のない他人事だと当たり前のように捉え、意識下に留めることもなかった存在。 突然変異。 特別な器官 男にして妊娠す、る……。 衝撃を受けながらも複数の案件を抱えている両親は他人の問題を解決するため法律事務所へ向かう。 一昨日に診断が下されてから学校へ登校していない式はベッドでまた一日をやり過ごす。 兄の隹は。 堪えきれない笑みをひっそり浮かべていた……。 「ただいま、式」 朝に登校したはずの隹が昼過ぎに家へ帰ってきた。 一昨日からカーテンが一度も開かれていない式の部屋。 明るい外の日差しと日常のありふれたノイズが薄暗い室内にか細く滲んでいる。 「一昨日から水しか飲んでないな。断食でもやるつもりか」 ベッドで頭から毛布をかぶった式は返事をしない。 カーテンを開けることもせず、システムデスク前のイスに腰掛けた隹は長い足を組んだ。 ダークグレーのブレザーにネクタイという制服姿のまま、鞄の底に転がっていたライターを取り出し、タバコを口に咥え、火を点けた瞬間。 「隹兄さんの吐く息で俺の部屋を汚さないでくれ」 毛布越しに聞こえてきたくぐもった声に隹は低く笑った。 常に自信に満ちた鋭い双眸が瞼に半分遮られ、立ち上った紫煙にうっすらと煙る。 「人をウィルス扱いしやがって。お前の方がよっぽど特殊だろうが」 軽々しい兄の言葉が部屋の静寂に落ち、間もなくして毛布の下にゆっくりと現れた式の頭。 「……本当、隹兄さんは俺を傷つけるのがうまいね」 早朝に重たい体を引き摺ってシャワーを浴び、乾かさずにベッドへ戻ったために乱れた髪。 いつにもまして物憂げな光に満たされた切れ長な双眸。 下のラインが赤みがかった隈に縁取られて、行き場のないやりきれなさを物語っているような。 隹は口元のみで笑うとタバコを空き缶に落とし込み、自分を力なく睨む式の元へ、最近の弟の居場所となっているベッドに浅く腰掛けた。 「お前がこどもを孕めるなんてな」 「ッ……そんなに俺を痛めつけたいの?」 「相手は選り取り見取り、そうだろ」 「……は?」 「剣道部の主将に、朝、電車で一緒になるリーマン、でもあの数学教師は既婚者だからな、家族に法律家二人いて裁判沙汰になるなんて一生笑いモンだ」 隹の背中を睨んでいた式の視線が怒りから怯えに変わった。 兄弟は違う高校に通っている。 当然、男に告白されたなんて兄には一言も伝えていない。 「どうして知ってるの」 隹の交友関係の幅は年齢問わず広かった。 年下や同学年よりも年上の知り合いが多かった。 彼らを通して興信所に、学校においても単独行動が目立つ自分の素行調査を依頼していたなんて、兄との干渉を拒んでいた式には知る由もない。 「せっかくお前が女を嫌悪するよう仕込んだっていうのにな」 質問の答えになっていない隹の台詞に戦慄いた式の双眸。 「女なんて下らない、上辺だけに簡単に引っ掛かる安い生き物、そう信じ込ませるのに成功したと思ったら。余計な害虫が次から次に湧いて出やがった」 疎ましい種を産みつけられる前に。 奪ってしまわないと。 自分の背後で静かに凍りついていた式を隹は肩越しに見た。 この胸を絶えず掻き毟って我が身を延々と煽り続ける弟。 これまで勘ぐることもなかった兄の胸の内を覗いただけで言葉を失っている彼に見惚れた。 「式は俺のもの」 その胎も。

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