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兄弟偏愛シンドローム-3
眩い朝日が眼球に突き刺さるようで式は電車の中で始終俯いてばかりいた。
最近、学校を休みがちで、今日は思い切って登校した。
家から数歩進んだ段階で即座に後悔した。
一歩進む毎に体がだるい、きつい、つらい。
それでも後戻りしなかったのは。
『そろそろ孕んだか?』
現在、弁護士である両親がそれぞれ遠方の裁判所に出向くため出張中であり、昨夜は兄の隹に夜明け近くまで……貪られた。
今日も明日も両親はいない。
このまま貪られ続けたら本当に宿しかねない。
「ッ……」
混み合う車内、扉近くの手すりを掴んで立っていた式は口元を押さえ、項垂れた。
眠っていた兄のそばから這い出して、セーターにネクタイ、ネイビーのズボンという制服に着替え、ミネラルウォーターを一口だけ飲んで数日振りに外へ出た弟。
体が重たい。
帰りたい、でも、どこへ?
こんな異質な俺に居場所なんてあるのだろうか。
「具合悪そうだね、どうぞ座って?」
うっすら涙ぐんでいた式は、スーツを着た、以前にも声をかけてきたことがある男の呼びかけを頑なに無視し続けるのだった。
スーツの男に心配そうに見守られながら式は電車を降りて学校へ向かった。
車内の人いきれが体に纏わりついて離れない。
乗る前よりも体が重たくなった彼の足取りは覚束なく、擦れ違う通行人の何人かが振り返り、あからさまに寄り添って体調を案じてくる者もいたが、式はやはり全て無視した。
穏やかな晴天、爽やかな空気。
全てが煩わしくて死にたくなる。
『弱いお前のことだから死にたいとか考えてたんだろうな、なぁ?』
限界だった。
式は崩れ落ちた。
校門のすぐ手前だった、偶然居合わせた数学の教師がざわめく他の生徒達を掻き分けて駆け寄ってくる。
蹲っていたところを抱き起こされて「大丈夫ですか」と何度も問いかけられて。
息が荒い式はぼんやりと頭上に迫る男を見つめた。
切実な抱擁に勝手に発情する体。
砂漠で喉が渇いて水を求めるよりも欲する。
全身を嬲り尽くす熱よりもさらに狂おしく熱い、止めの杭を……。
その時だった。
急に横合いから伸びてきた両腕が教師の懐から彼を奪い取った。
そのまま抱き抱えると「弟が迷惑をかけてすみません。体調不良のため自宅へ連れて帰ります」と淀みなく告げ、待たせていたタクシーへ足早に乗り込んだ。
あっという間の出来事だった。
青々と茂る街路樹の下、集まっていた者達にまるで傍観を強いるように問答無用に弟を連れ去った兄。
「勝手に抜け出しやがって」
「……はぁ……はぁ」
「そんな体で授業なんか受けられるわけないだろ」
表通りを快速に走るタクシーの後部座席、自分の肩に力なくもたれて荒い呼吸を繰り返す式に隹は失笑した。
ダークグレーの制服姿である兄は、すっかり発熱している弟の髪をそっと梳いてやる。
「それとも俺だけじゃあ不満か? あの数学教師に抱かれにいったのか?」
返事をするのもままならない式をさらに抱き寄せて頬擦りした。
「俺の前から勝手にいなくなるなよ、式」
式を自宅へ連れ帰った隹はそのまま学校へ登校していった。
熱を放置された式。
水を飲んでも満たされない渇き。
「はぁ……はぁ……ッ」
頭の中が交尾でいっぱいになる、それ以外、何も考えられない。
時間の経過もわからずにベッドの上で制服姿のまま熱病じみた甘い悪夢に魘される。
「兄さ……ん……」
隹が帰宅したのは夕方だった。
今日は一日まともに授業を全て受け、弟が食べられそうなものをスーパーで買えるだけ買って、鍵でロックを外して扉を開ければ。
式がいた。
上下制服のまま、シーツに塗れて、玄関の前で眠るように横向きになって丸まっていた。
兄の気配を察した弟は物憂げに切れ長な目を開く。
苦しげに身を起こすと靴を履いたままの隹の足元へ四つん這いでやってきた。
「隹兄さん……兄さん……」
隹は笑った。
発情して理性をかなぐり捨てて世界で一番軽蔑しているはずの自分を求めてきた弟を愛おしそうに抱きしめた。
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