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吸血鬼に捧げるラブ・ソング-3

どうしてこの道を選んだのか。 どうして決意する事ができたのか。 お前に死んでほしくなかったからだ、式。 夕日を浴びた荘厳なるステンドグラスの下で己の宿命と対峙した男は、瞬きをしたほんの瞬間、回想の波に心を攫われ、その身を蝕むかつてない苦痛を忘れた。 彼の背後に迫っていた鋭き爪を我が身で受け止め、至近距離で躊躇なく引き鉄を引き、女の姿を借りた化け物の眉間に男は弾丸を撃ち込んだ。 廃工場の凍てついた静寂をおどろおどろしい咆哮が引き裂く。 女の皮膚が剥がれ落ちて本来の姿が露となった使い魔、ヴァルコラクの断末魔であった。 男は足元に転がっていた鉄パイプを手に取り、ありったけの力を込めてヴァルコラクの首に突き立て、その場で串刺しにした。 すると大型の狼にも似た漆黒の使い魔は一瞬にして塵となり、呆気なく風に蹴散らされていった。 数年前から追い続けている標的が彼等に放った刺客であった。 美しい青年の姿をした吸血鬼に仕える下僕の獣だった。 男は肩で息をつきながら自分の背後で立ち竦んでいる彼を顧みた。 彼は目を見開かせて呆然としていた。 胸の辺りでシャツを握り締めて男を凝視していた。 「俺は大丈夫だ、式」 おびただしい鮮血が胸に溢れ出していたが耐えられない事はなかった。 少し、眩暈がする。 男は硝煙の香る手でやっと傷口を押さえた。 「ッ、隹……!」 唐突に男が崩れ落ちる。 彼は操り人形の糸が切れたかのように動いた。 両腕を伸ばし、同僚である男の元へ走った。 「大丈夫だ、疲れたんだ、少し」 彼に抱き起こされた男は水晶色の眼をうっすらと開き、一心に自分を覗き込む彼へ何とかそう告げた。 標的が放った刺客は五体いた。 一夜かけた死闘はたった今、五体目の死でようやく終わりを迎えたばかりだった。 外は白み始め、満ちていた月と空の境目は次第に薄れつつあった。 「お前まで死なないでくれ」 男は顔を上げ、胸を張り裂かんばかりの激情に身を震わせている彼を見た。 「お前にまで死なれたら、俺は……」 独りになる。 最愛なる家族も、信頼していた上司も部下も無慈悲な牙に屠られた彼は、出し尽くしていたはずの涙を頬に伝わらせて言った。 「俺の事なんか守らなくていい……頼むから……」 胸にむごたらしく刻まれた傷による痛みとは別の、心を張り裂かんばかりに苛む痛みを覚え、男は眉根を寄せた。 それは俺だって同じだ。 お前を失ったら、もう、生きていけない。 だから、お前のためなら、俺は……。 首筋に深々と突き立てられた牙が全身に張り巡らされた神経を犯す。 岸壁に建つ古めかしい教会の荘厳なるステンドグラスの下で、呪われた十字架の元で、男は吸血鬼に血を奪われていた。 壮絶な現実とは反対に緩やかな回想の波は音もなく寄せては返し、男の瞼の裏に昨日の記憶を色鮮やかに蘇らせた。 ずっと、誰よりも、求めていた。 今、この腕の中にいる。 誰よりも近いところにいる。 もう他に何もいらない。

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