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Renegade-裏切りの-/敵幹部×捕虜
■「もう一度言ってみろ、式」
「欲しい……隹……」
「仲間を捨ててでも?」
「お前に食い尽くされたい」
「そいつは俺のものだ」
地下室にて。
捕虜の式にえげつない折檻を与えていた自分の部下達を叩きのめすと隹は言い放った。
「今度そいつに触れたら殺す」
焼けつくような腹部の痛みと吐き気に苛まれ、気を失いそうになりながらも、隅に蹲った式は隹の台詞を確かに聞いたのだった……。
出会いは激しい雨の中だった。
白刃の如き稲光に照らし出された隹はそれまで式が感じたことのない殺気を身に纏っていた。
思わず後退しそうになるほどの緊張感に支配された束の間、しかし式は正面から彼と対峙した。
視線を逸らすのが惜しい気さえした。
この尋常ならぬ空気をもっと味わいたいと、かつて殺し屋だった頃の好戦的な感覚が一気に蘇ったのだ。
たくさんの仲間を殺されて激情に促され、一戦交えた時も同じだった。
互いに互いの血を流して、相手に負わされた傷の痛みを極上の刺激にすげ替えて。
相手に意識が傾く余り、まるで世界に二人しかいないような錯覚に陥った。
こいつを殺せるのなら共倒れも厭わない。
脳裏を度々過ぎるその願望は、他者の死を望まない高潔な仲間達に対する裏切りに等しいものであった。
もう戻れないな。
式は自ずと悟った。
敵幹部の隹と刺し違えて死に絶えるのが似合いの結末かもしれない。
そう思っていたはずだった。
青く澄んだ双眸の鋭さは猛禽類の眼差しと似ていた。
ミリタリージャケットの裾を翻し、立ちはだかる敵を蹴散らす様は、猛々しく翼を広げ獲物を捕食しようとする禽獣そのものだ。
不敵な笑みで表情を飾り、他を抜きん出た戦闘能力をひけらかす彼は不遜極まりないのと同時に美しい戦人でもあった。
「実力が伴う分、厄介よね」
彼の部下でありながら彼を嫌う中尉のセラが洩らした独り言は的を得ていた。
仲間達の血に濡れた雪原を思い出し、式は、無慈悲な死神の如き振舞で殺戮を繰り広げていた敵幹部の姿しか記憶に見出せない自分を非情に感じたものだった。
「……参ったな……」
殺風景な地下室の片隅にて。
毛布一枚を背にして体力温存に努めていた式はため息をつく。
気がつけばあの男のことばかり考えている。
仲間の笑顔より不敵な笑みに気をとられている。
「どうかしている」
上体を起こし、ひび割れた壁に寄りかかって式は立てた膝に額を押しつけた。
数時間前に受けた暴行の痛みは大分引いていた。
そろそろセラが食事を運んでくる時間帯である。
彼女にこんな情けない姿を曝すつもりもないが、虚空一点を見据え続ける気力が今はなかった。
あいつが俺を庇うなんて思いもしなかった。
数時間前、ここで起こった出来事を瞼の裏に垣間見ながら式は眉根を寄せる。
自分は好き勝手に蔑んで粗末に扱うくせ、部下の行いに制裁とは。
おかしいぞ。
自分に甘すぎやしないか。
統率がとれなくなるぞ、あいつの分隊は……。
「……どうして俺があいつの心配をしなければならない」
「誰の心配だって?」
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